03.わたしたちの絆
今年の桔梗祭は、結局、近所の友達と一緒に回ることになった。皆から、夏休み前半は何してたのーと質問攻めにあったけど、旅行だなんだって適当に誤魔化しておいた。コウちゃんとの関係は、秘密なの。どうしてかって聞かれると、答えに困っちゃうんだけど......何だろうね。おとぎ話みたいにさ、うっかり喋っちゃったことで、それが消えてしまうような......そして、二度と戻ってこないような、そんな気がしたんだ。モブ「ほらほら、恒例の金魚すくい対決しようよ!一番とれた数が少ない人、みんなに林檎飴をおごるんだぞー!」アイ「ぅええ!私がそれ弱いの知ってるでしょ!」モブ「聞こえませんなぁ。今日まで私たちの誘い蹴っ飛ばしてきた罰だよ、ばーつー!」アイ「もぉお!」モブ「早く行こ?アイちゃん」
15アイ「ううう、分かったよぅ」アイ「げぇえ!」モブ「はいアイちゃんの負けー!」アイ「ひぅ......鬼ぃ。うう、金欠なのにぃ......」モブ「まぁまぁ。なけなしの林檎飴は、しっかり味わってやるからさー」アイ「調子いいこと言って......。買ってくるから、ちょっと待ってなさい!」二人「はぁーい」アイ「ん?あれは......足柄先生?おーいっ、先生ぇー」足柄「波多瀬か。どうだ、最後の桔梗祭。楽しんでるか?」アイ「ええ、まあ。あの、どこかでコウちゃ......いや、巫女さん見ませんでした?」足柄「巫女ぉ?おいおい、桔梗神社に巫女なんていないぞ」アイ「え?でも」足柄「ここは神主一人で切り盛りしてるからな。......おや?さてはお前、まーた金魚すくいに負けたな?」アイ「う、うるさいですね。別にいいじゃないですか」足柄「はっは。ま、あまりはしゃぎすぎないようにしろよ。って、さっそく怪我したのか、その手」アイ「違いますー!この前転んじゃった時の傷ですから!じゃ、すみません。林檎飴買わなきゃなので、失礼します!」足柄「......何だあいつ。様子が変だな......?」アイ「巫女さんが、いない......でも、コウちゃんは............これって、もしかして......」モブ「アイちゃーん!花火打ち上げるってさ!ほら早く早く!」アイ「えっ?あっうん!」モブ「そらっ。林檎飴いただきーっ!」アイ「ああっもう!もっとありがたみなさいよー!」モブ「おいしーおいしー。さすがアイの買った林檎飴だー」アイ「棒読みだね......」アイ「わっ」モブ「ぉおお、綺麗だぁ」
16モブ「今年はいつもより気合い入ってる感じするね。最後の桔梗祭だからかな?」アイ「......そうだね」モブ「それじゃっ、また明日ねー!」アイ「うん、ばいばーい!......さてと、神社に戻らないとね。コウちゃんが待ってるはずだから」クロ「最期の桔梗祭も灯が消えたか。さぞ派手な祭だったろうな」アイ「あっ......クロウリさん」クロ「まだそのいかがわしい書物を持て余していたか。まったく人間とは、忠告を聞かん生き物だな」アイ「あなたがそれを言う?」クロ「何?」アイ「あなたは、ヒイラギという名前の人間だったんだよね」クロ「ッ!......知らんな」アイ「全部、書いてあったよ。これにね」クロ「それは......もしや、桔梗の......日記帳なのか?」アイ「うん。私も最初は中が読めなかったけど、あなたの言ったように、これには不思議な力があったんだ。私の思い出を、断片的に記録していくの。いつの間にか、夏休みの日記が出来上がってた。そしたらね、桔梗様が昔書いた日記の内容が、読めるようになってたんだ」クロ「貴様の所有物となった証だな......。そこに、私を貶す内容が書かれていたということか。桔梗めが、どこまで陰湿な神なのだ」アイ「違うよ!ここには、あなたを待つ桔梗様の想いが書かれてたんだよ!桔梗様は、自分の意思であなたを追い出したわけじゃない!八百万の神々がヒイラギを奈落へ落としたって、書いてあったもん!真実は、永久に伝えられないだろう......って!」クロ「見え透いた嘘だ」アイ「嘘じゃない!私が嘘つく理由なんて、どこにあるの?」クロ「わめくな。貴様の甘言など......信じられんよ。証拠も何もない。その日記帳は私が読めるものではないのだからな」アイ「信じられないなら、神社を見てみるといいよ。この階段を上って、桔梗神社の......その最後の姿を、見てあげて」クロ「私は追放された身だ。境内に立ち入ることはできない。その階段にすら、私は足を延ばせないのだ」
17アイ「そう思うなら、ずっとそう思っていればいい。日記の最後の一文は、『桔梗の花は枯れ果てた』、だった。桔梗様は、死んじゃったんだよ。でもね、鴨田山の守り神様は......あなたへの愛を、あの神社に残してくれたみたいだよ。見に行かなくていいの?」クロ「もう、いい。それ以上、貴様の話を聞きたくない。放っておいてくれ。私を、ひとりにさせてくれ......」アイ「決心がついたら、上がっておいでよ。待ってるからさ」アイ「......私ね、ヒイラギさん。桔梗様の残してくれた愛が何なのか、分かる気がする。ずーっと気づかなかったけど、この日記帳のおかげで、ね」クロ「......」アイ「あれれ。もう皆、帰っちゃったんだ?」コウ「片づけも終わったみたい。ごめんねアイちゃん、夜遅くになっちゃって。花火、すごかったね。一緒に見れなかったのは残念だけど......」アイ「そうだね。私も一緒に見たかったなぁ。......ねぇ、コウちゃん。懐かしいって感覚、不思議だと思わない?」コウ「へ?どうしたの、急に」アイ「ふと思ったんだ。懐かしいって、心の中にあるもので、目に見えたりするわけじゃないよね。ひとによって、色んな思い出があるし、何を懐かしいと思うか、それもひとによってバラバラなんだよ」コウ「アイちゃん......?」アイ「この日記帳は、そんな懐かしい思い出を、目に見えるカタチで記録してくれる。まるで記憶のカケラを拾い集めるみたいに、ひとつひとつ、どんなに小さなことでも......」コウ「......」アイ「分かったんだ。どうしてコウちゃんがこれを渡してくれたのか。そして、コウちゃんが何者なのか。この日記帳を見るたびにね、コウちゃんと過ごした思い出が、頭に浮かび上がるの。照れた顔も、笑った顔も、全部。......それってさ、つまり、コウちゃんは――」コウ「その先は、言わないで。アイちゃんが分かってるなら、口に出さなくても、ちゃんと伝わってるから」アイ「......お礼を言いたいな。私にこんな素敵な贈り物をしてくれて、ありがとう。そうだ、もうひとりいるんだよ。あなたにお礼を言いたいひと」コウ「え?」アイ「ほら、隠れてないで出ておいでよ」
18クロ「......どこまでも、お節介な小娘だ」コウ「あなたは......?」アイ「このひとはねぇ、桔梗様のお婿さん!」クロ「なッ」コウ「えっ......!あ、あなたが......?」クロ「お、おいっ!その言い方はやめろ!」アイ「えー?ちがうのぉ?」クロ「ち、違うとか、そういう話じゃなかろうが」アイ「わー、照れちゃって!可愛いところもあるんだね」クロ「黙れ!......ちっ......懐かしい香りだ。そうか、貴様が、桔梗の......。私がこの地に足をついているということは、やはり、桔梗はもう......」コウ「......お母様......先代桔梗には、子がいませんでした。死期を悟った先代は、自らの肉に刃を入れ、滴る血潮は、私という新しい神を生み出したのです。彼女は死に際に、私に言いました。『あのひとが、きっと来るから』と。私には理解できませんでしたが......そっか、あなたが......」コウ「......お父様」クロ「なっ......何を?」コウ「私は、あなたと桔梗の愛によって、生まれたのです。あなたが、私のお父様ですよ」クロ「......。やれやれ桔梗め、最後の最後で洒落た置き土産というわけか。大して驚きもせんがね。はっはっは......」クロ「波多瀬......といったか。全て君の言う通りだったな。俺は......馬鹿だ。馬鹿にも程がある。君には悪い事をした......」アイ「そんなことないですよ。あなたはきっと、長い孤独に支配されていただけだと思うから。でも、これでもう大丈夫だね。コウちゃんと一緒なら、どこへ行ってもひとりじゃないし!」クロ「そうしたいところだが......どうやら、お迎えだ」アイ「え?」コウ「あっ!」アイ「わっ。ど、どうしたのッ?変な光が......ヒイラギさんを包んでる」クロ「俺はもはや、ひとでも妖怪でもない、成仏し切れていない怨霊なんだ。無念が、願いが成就されたならば......あとは、ただ消えるのみさ」コウ「お、お父様......!」
19クロ「桔梗。君ならきっと、立派な守り神になれるだろう。何せ、あいつの娘だからな。最後にひとつだけ、クロウリでなく、君の父親として伝えさせてほしい。......生まれてきてくれて、ありがとう」コウ「......お父様。逝ってしまわれた......」アイ「とっても優しいお父さんだね。コウちゃんの性格は、あのひと譲りかな?」コウ「そうなのかな......?でも、何だか嬉しいな......」アイ「コウちゃんが日記帳を渡してくれなかったら、ヒイラギさんもコウちゃんに会うことができなかったんだよね。桔梗様の想いがコウちゃんに受け継がれて、知らず知らずのうちに、ヒイラギさんを招き寄せたのかもしれないね。あのひとは消えちゃったけど、でも、この日記帳に、私の記憶のカケラとして生き続けるよ、きっと♪」コウ「そうだね。私もいつか、アイちゃんの懐かしい記憶のカケラになれれば、嬉しいな」アイ「それはお互い様だよ」コウ「うふふ。......ね、アイちゃん」アイ「なあに?」コウ「......」アイ「ひゃっ。コ、コウちゃん?」コウ「本当は離れたくない......ずっと一緒にいたいよ」アイ「......もー、甘えん坊さんだね。大丈夫だよ。ここでお別れでも、私達はずーっと、記憶の中では一緒だから。ほら、ね?大丈夫......大丈夫、だから......」コウ「ぅぅ......ぅぁぁぁ......」コウ「ひぐっ......ごめん、ね......私、守り神なのに、強くないといけないのに」アイ「そんなこと、ない。誰かのために涙を流せるコウちゃんは、立派な神様だよ。ひとの心を持ってる、やさしい神様なんだよ」コウ「アイちゃん......ありがとう」アイ「こちらこそ......。えへへ、コウちゃんったら桔梗の花の香りがするよぅ。このままこうしてたら、私も桔梗様になっちゃいそうだね」コウ「もう......最後の最後で恥ずかしいこと言わないで......」アイ「ごめんごめん。ちょっとユーモアを効かせてみました」コウ「ふふっ。やっぱりアイちゃんは、アイちゃんなんだなぁ」アイ「あーっ、それってどういう意味!」
20コウ「なんでもないでーす」アイ「もー!いじわる!」コウ「あははは」アイ「わっ!コウちゃんの身体......光って......まさか」コウ「......もう、日を跨ぐ時間、かな」アイ「えっ?う、うん、零時一分前」コウ「もう、行かなくちゃ」アイ「ッ!コウちゃん......!え、えっと、事故とかには気をつけてね!夜はちゃんと歯を磨いて寝るんだよ?あとは、あとは、えーっと」コウ「アイちゃん。......優しくて愛しい、私の親友。大好きだよ......」アイ「コウちゃん......わ、私もっ!私もコウちゃんの事、大好きだよ!」コウ「ありがとう。......さようなら」アイ「......行っちゃった。あ、好き嫌いしないで食べてね、って、言い忘れたなぁ。あはは......」翌日の早朝から、桔梗神社の解体工事が始まった。取り壊す様子を見に行こうとしたけれど、階段の前にバリケードが設置されていて、その願いは叶わなかった。地元のひとたちが結構集まってきていて、その中には、足柄先生もいた。やがて先生は、こっそりと人だかりを抜け出して......肩を震わせ、泣いていた。夏が終わって、工事も終了して、桔梗神社は、更地となった。鳥居も灯篭も本殿も、跡形もなく消え去った境内。桔梗様の痕跡は、一切残ってなくて......メイ「おねーちゃーん、そこにいるんでしょー!午後からお友達とカラオケ行くって言ってたじゃん!私も行くことになったからさぁ、早く準備して行こー!」アイ「家で待っててー!すぐ行くからー!」アイ「......ふう。さてさて、いっちょ歌いますかぁー!」立花コウちゃん。彼女と過ごした日々は、ほんの少しだけ過去の事なのに、夢のような、遠い昔のような、ひどく懐かしさを感じる記憶になってしまった。この夏に起こった、ちょっぴり不思議な体験。それは、時が過ぎてバラバラになってしまっても、懐かしのカケラを拾い集めれば、まるで昨日の出来事のように思い出せるはずだ。それを手伝ってくれる桔梗様の日記帳が、ここにある。最後のページには、私の親友の、ちょっぴり寂しげな笑顔が、いつまでも......残っていた。
21終わり