白梅編 第二章「白椿」
白萩「すぅ…すぅ…」
白梅「よく寝ておるのじゃ。」
白萩の話は特段珍しいものではなかったが、嬉しそうに話す白萩の姿は見ていて楽しかった。
普段あまり人と話すことはないのだろう。
引切りなしに話をしているうちに、疲れたのかまぶたが落ちていた。
膝に頭を乗せてやると、すやすやと、すぐに寝息を立て始めた。
白梅「幸せそうな寝顔をしおって。」
撫でた髪は柔らかかった。
カァカァと鳴く声が空にこだまする。
もうそんな時間か。
白椿「白萩、白萩ー!どこにいるの?」
白梅「ふむ?」
かすかに白萩を呼ぶ声が聞こえた。
焦りを含んだその声は少し白萩に似ていた。
白椿「白萩ー!白萩ー…あっ!」
白梅「しーっ!」
賢いのだろう。少女は口に手を当てると、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
肩でしていた息が、近づくにつれ落ち着いてきたようだ。
白椿「白萩…」
白梅「疲れたのか寝てしまったのじゃ。それでお主は?」
白椿「はい、私は白椿。白萩の姉です。」
白萩から聞いていた姉の姿とは違っていた。
いや正確には昔の姉の姿だろうか。
白梅「わしは白梅。この神社に住む狐じゃ。」
白椿「お狐様…そういえばひいお祖母様から聞いたことがあります。
この神社のお狐様ついて。」
白梅「そうか。じゃあお主…ツバキと呼ぶぞ。ツバキは、祭のことも知っておるのじゃな。」
白椿「はい…」
納得がいった。孤独だった白萩のことも、冷たくなった白椿のことも。
白梅「まぁよいのじゃ。ハギを探しに来たのじゃろう?」
白椿「そうです!…ふふ、幸せそうな寝顔。」
心から心配していたのだろう。ハギを見るその瞳は暖かかった。
白椿「日も暮れますし連れて帰ります。白萩を笑顔にしてくれたこと、感謝します。」
白梅「わしも楽しく過ごさせてもらったのじゃ。また来るように伝えて欲しいのじゃ。」
白椿「はい。それでは失礼します。」
白萩を背負い、ゆっくりと神社を後にしていった。
白梅「良い姉じゃ。だからこそ辛いのじゃろうな。」
つぶやいたその声は黄昏とともに消えていった。
白梅「白萩、それに白椿、か。」
この村の習わしに沿った名付けだろう。
同じ運命を辿る予感に、どうしても顔が曇ってしまう。
白梅「それにしても今日は久しぶりに楽しかったのじゃ。」
暗いことを考えるのは性に合わない。
それなら楽しいことが長く続くようにしたい。
そう、影はすぐそこまで迫ってきているのだから。
白梅「もうすぐ祭の季節じゃな…百年に一度の。」
狐になって変わったことが四つある。
一つは見た目。尻尾と耳が生えた。もふもふで気持ちいいのだ。
次に五感が鋭くなった。感度の調節もできるから日常生活で困ることもない。便利なものだ。
そして不老不死となった。いや厳密に言えば老化も死もあるのだが、人間からすれば途方もなく長い年月。似たようなものだ。
最後の一つは…まぁ今はいいだろう。
白梅「にぎやかになってきたのじゃ。」
村の方では祭の準備が進んでいるようだ。
一里ほど離れたこの神社から見聞きできるのも狐だからこそ。使えるものは使っていこう。
白梅「さて、ハギはどうしておるかの。」
人の多いところには…流石にいない。
少し離れたところで小物を作っているようだ。
それを気にするものは誰もいない…いや、白椿はチラチラと様子を確認している。
白梅「素直じゃないのう。」
白萩はそれには全く気づかずに淡々と作業を進めている。
口を閉じたまま淡々と。
白梅「…ふむぅ。」
空を見上げた。秋空に雲が浮いている。大きな雲と小さな雲。
白萩はこのままだと自分のようになるだろう。
それで幸せになれる人は誰か。
不幸になる人は誰か。
小さな雲はいつの間にか消えていた。
白梅「わしが考えてもしょうがないのじゃ。」
横になり、目を閉じる。
寝付きはいいのが自慢だ。
程なくして睡魔が訪れた。
明日は良いことがありますように、と願いながら夢に落ちていった。