白梅編 第三章「楽しいひととき」
白萩「白梅ちゃ~ん!遊びに来たよ~!」
白梅「う~ん…ハギか…?」
寝付きに対して寝起きは悪いのが欠点だ。
一つ伸びをして…いや、もう一回追加で伸びをして立ち上がる。
白萩「おはよう白梅ちゃん。結構ねぼすけさんなんだね。」
白梅「朝は昔から弱いのじゃ~。」
白萩「そうなんだ、ふふっ。」
楽しげに笑う白萩に昨日の面影はない。
白梅「して、何をするのじゃ?」
白萩「これとかどうかな?昔お姉ちゃんとよく遊んだんだ~。」
白梅「お手玉か。懐かしいのじゃ。」
狐になる前に遊んだ記憶がある。こう見えて手先は器用だ。
白萩「はい、これが白梅ちゃんのぶんね。」
白梅「うむ。」
白萩「じゃあいくよ~。」
白萩・白梅「あんたがたどこさ ひごさ ひごどこさ
くまもとさ くまもとどこさ せんばさ
せんばやまにはたぬきがおってさ
それをりょうしがてっぽでうってさ
にてさ やいてさ くってさ
それをこのはで ちょいっとかーぶーせ」
白萩「わぁ!白梅ちゃんうま~い!」
白梅「ハギこそ、わしについてくるとはやるではないか。」
落としそうになったのは気づかれなかったようだ。
白萩「じゃあ今度はもうちょっと早くやろう!」
白梅「の、望むところじゃ!」
白萩の目が光った気がした。
白梅「は…ハギは上手いのじゃ…」
白萩「そんなことないよぉ~えへへ。」
最後はもう早すぎて目で追えなかった。意外な一面があるものだ。
白萩「そろそろお昼だね。白梅ちゃんは普段何を食べてるの?」
白梅「狐になってからは腹が空かなくなったのじゃ。気が向いたときに木の実を取って食べるくらいじゃの。」
白萩「えっ、そうなんだ…じゃあこれいらないかな…?」
おそるおそる取り出した包みの中にはきれいな狐色が見えた。
白梅「おいなりさん?」
白萩「お狐様だし好きなのかなって。」
白梅「狐になってから食べた覚えがないからのう。どれ。」
舌に触れた途端、体に雷が落ちた。落ちた足元からぞわぞわとした何かが込み上がってくる。
いても立ってもいられず、かぶりつく。
白萩「わわっ、すごい勢い…まだたくさんあるから食べていいよ。」
こんなに美味しいものがいまだかつてあっただろうか。いやない。
きれいな狐色にしか見えなかったそれは、夕日のように輝き、こぼれ落ちそうなくらいの旨味が凝縮してみえる。
まさに神の供物だ。神に感謝しながら食べ続けた。
白梅「ごちそうさま…美味かった…美味かったのじゃ!白萩、美味かったのじゃ!」
白萩「はい、お粗末さまでした。ふふ、そんなに喜んでもらえたら作ったかいがあったよ。」
白梅「わしも新発見だったのじゃ!長く生きてもまだまだ知らないことがいっぱいあるのじゃ!」
白萩「あはは、白梅ちゃん興奮しすぎだよ~。」
白梅「狐になってからこんなに興奮したのは初めてじゃ!白萩がおいなりさんを作ってきてくれたおかげじゃ!」
白萩「私のおかげ…」
白梅「そうじゃぞ!あんなに美味しいものをくれた白萩はわしの大親友じゃ!」
白萩「もう、物で釣ったみたいじゃない。ふふっ。」
白梅「あははっ。」
二人で笑いあった。神社に響くその声は暖かなものだった。
白萩「日が暮れてきちゃったね~。」
あれからまた遊んで、話して、いつの間にか夜が近づいてきていた。
白梅「そうじゃ、ハギ、ちょっとついてくるのじゃ。」
白萩「白梅ちゃん?どうしたの?」
白萩は疑問を感じつつも素直についてきてくれた。
神社の脇道に入り、森の獣道を通る。
記憶している限りでは、自分意外にこの道を通った人間はいないはずだ。
程なくして森を抜け、高台に辿り着く。
高台から見えるのは村の反対側。湖と西の空が見渡せる。
白萩「あ…きれい…」
白梅「じゃろう?」
斜陽は湖を染め、金色(こんじき)に輝いていた。
それは、普段よりもずっと綺麗で大切な光景に思えた。
今まで長い年月、空虚な時間を過ごしてきた。
それもこの一瞬のためだったのなら、無駄ではなかった、と。
白梅「ハギは大切な友達じゃ。また今日のようにたくさん遊んで、たくさん笑って、この場所で夕日を見ような。」
白萩「もちろんだよ!えへ、白梅ちゃん、これからもよろしくね!」
白梅「うむ!」
またこの場所で会えることを、今はただ、心の底から祈った。