白梅編 第四章「選んだものは」
日に日に村の方はにぎやかになっていく。
普段のひっそりとした村からは打って変わって、少し派手なくらい。
子供は――ハギとツバキを除いて――明るく元気だ。祭を楽しみにしているのだろう。
そうだ、祭は楽しいものだ。
しかし本来、祭とは神への祈り。
なぜ祈るのか。決まってる、”何かが起こるから”、だ。
それは不作であったり、天災、疫病など人間には関与できない事象。
神がいるのか、それはわからないが、祈る以外にできることはないのだろう。
この村は土地柄、食料にも恵まれ、寒暖の差も少なく平穏な場所だ。
しかし100年に一度、大きな災いが起こるといわれている。
知っているのは年寄りくらいなものだろう。
そしていま準備している祭、これも100年に一度執り行うものだ。
神への祈り。
その祈りはどうか清らかなものであって欲しい、そう願わずにはいられなかった。
白梅「ハギ…?どうしたのじゃ?」
白萩は泣いていた。
空の賽銭箱にもたれ、うずくまり、声もあげずに泣いていた。
祭の準備も終わったのだろう。村の方もひっそりとしていた。
その静けさを例えるなら、暗闇。
広がる暗闇に出口はなく、逃げることは許されない。
白萩「白梅ちゃん…」
か細い声で名前を呼ぶ白萩に生気はなかった。
白萩「白梅ちゃん…私…私、イケニエなんだって…」
白梅「イケ、ニエ…」
予感はしていた。
100年に一度の祭。孤独を強いられる少女。
あの時から何も変わっていない。それに憤りすら覚えた。
白萩「死にたくないよぉ…」
白梅「ハギ…」
悲痛な叫びが耳にこびりついて離れない。
白萩を助けたい。この子の泣き顔を見たくない。
自分のようになってほしくはない。
白梅「ずっと孤独で、最後はイケニエになる。忌まわしき村の掟じゃ。
こんなこと、許されるハズないのじゃ。
ハギ、わしの昔話を聞いてくれぬか。」
白萩「昔…話…?」
白梅「そうじゃ。わしが人間だった頃の話…もう100年も前じゃ。
わしは一人っ子じゃったが、生まれた頃から親の愛情を受けずに育った。
不憫に思った隣の家のばあやが世話をしてくれての。
この言葉遣いもばあやを真似して覚えたのじゃ。
わしが14になったころ、今と同じように祭をやることになった。」
白萩「おまつり…」
白梅「気づいたようじゃな。
そう、その時のイケニエがわしじゃ。
イケニエに選ばれる家は決まっておるようでの。
わしがイケニエになるとわかっておったから、親は見捨てたのじゃろうな。」
白萩「白梅ちゃんも、私と同じだったってこと…?」
白梅「そうじゃな。」
白萩「そっか…」
白梅「イケニエとして祀られた時のことは覚えてないのじゃが、気付いたらこの姿で神社に寝ておった。
どうにも村の衆にはわしの姿が見えないようでの、それから100年、自由気ままに生きてきたのじゃ、ははは。」
白萩「白梅ちゃん…でもその100年は、ずっと一人だったんだよね。」
白梅「まぁ、そうともいうのじゃ。ハギやツバキに見えておるのは、イケニエの可能性があるからなのかもしれぬな。」
白萩「お姉ちゃん…そっか、お姉ちゃんが冷たくなったのは私がイケニエだと知ったから…」
白梅「そうじゃろうな。仲が良ければ良いほど、別れもつらいのじゃ。」
白萩「よかった…嫌われたんじゃなかったんだ。」
心の底から安堵する姿に、姉への愛情を感じた。
心がチクリと痛む。これはなんの感情だろうか。
白梅「ハギには2つの選択肢がある。
このままイケニエになること。
わしのように狐となり、村の誰からも気付いてもらえなくなる。
イケニエの可能性がなくなったツバキからも。」
白萩「お姉ちゃん…。でも白梅ちゃんには見えるんだよね?」
白梅「狐同士なら見えるじゃろうな。
そしてもう一つ。
イケニエの儀式をやめさせることじゃ。」
白萩「やめさせる?そんなことできるの?」
白梅「狐になってから多少じゃが天候を操れるようになっての。
神のフリをして『イケニエをやめろ』と脅せば儀式もなくなるじゃろう。
イケニエでなくなれば、きっとツバキとも仲直りできるのじゃ。」
白萩「お姉ちゃんと仲直り…したいな。でも…」
白梅「でも?」
白萩「白梅ちゃん言ったよね?
村の人に白梅ちゃんの姿は見えない。
見えるのはイケニエの可能性があるからだって。
じゃあ、イケニエの儀式がなくなったら…」
白梅「ハギもツバキもイケニエではなくなる。わしは見えなくなるじゃろうな。」
白萩「そんな…」
白梅「わしはハギには幸せになってほしいのじゃ。
わしのように孤独に生きることはないのじゃ。」
白萩「白梅ちゃん…ありがとう。」
白梅「さあ、時間もあまりない、決めるのじゃ。」
白萩「うん。私はね…」
白萩「白梅ちゃ~ん、そろそろ起きなよ~。」
白梅「うう~ん、朝は…弱い…のじゃ~…」
白萩「そんなこと言わないで~。ほらほら、おいなりさん作ったから、ね?」
白梅「おいなりさんとな!?」
白萩「そうだよ、私も食べたかったし。
不思議だよね、狐になったら本当に大好きになっちゃった。」
寂れた神社に二人の狐の声が響いた。
二度寝は無理そうだが、まぁいいだろう。
二人で美味しくおいなりさんが食べれるのだから。
白梅「もぐもぐ…そうじゃハギ。夕暮れ時になったらあそこにいかぬか?」
白萩「うん、行こう!二人でまた、あの夕日を見に行こう!」