Track 9

「混乱の晩餐会」

 セシリアは家に、俺は町に外出していたときの話。  カロがバスケットを両手に家を訪ねてきていた。 【セシリア】 「旅人のお兄さんに、手料理を?」 【カロ】 「うんうんっ! たくさん助けてもらったから、何かお礼したいーっ  て思って」 【セシリア】 「くすっ、そっか。あの人は『そんなこと気にするなー』と言いそう  ですが……」 【セシリア】 「……ん。私は協力を惜しみません。いいでしょう。カロの話、乗り  ました」 【カロ】 「やたーっ! セシリアおねーちゃん、『さんくすぎびんぐふぉーゆ  ー』!!」 【セシリア】 「“感謝祭をあなたに”? だ、誰の入れ知恵ですか、まったく……」  カロの持ってきたバスケットに目をやる。 【セシリア】 「……それで、これがカロが採ってきた山菜?」 【カロ】 「野良野菜もあるよ」 【セシリア】 「野良野菜というのは……」 【カロ】 「そこらへんに生えてた野菜のこと」 【セシリア】 「そこらへんに野菜は生えていないでしょう……」  苦笑交じりに答えた。 【セシリア】 「人の家から盗んできたんじゃないでしょうね?」 【カロ】 「失礼なー。ホントに生えてたんだってー」 【セシリア】 「ふふっ、まあいいです」  カロは悪い嘘は吐かない。  そういう子だ。  きっと大丈夫だろう。 【セシリア】 「んー、そうですねぇ。山菜に、野菜に……お肉もありますから」  子供でも簡単に作れる、お手頃な料理は……。 【セシリア】 「……天ぷらと、野菜炒めにする?」 【カロ】 「おー、家庭的。いいね、やろうやろう!」 【セシリア】 「ん、決まりね」 【セシリア】 「じゃ、早速作りましょうか」 【セシリア】 「カロは、包丁は扱える?」 【カロ】 「んふふ。たしなむ程度には」 【セシリア】 「誇らしげな割に心許ないお言葉」  けど、この子は虚栄心は持ち合わせていない。  できないことは、素直にできないと言う子だ。  ここは任せても大丈夫だろう。 【セシリア】 「ん……じゃあ、カロは食材を切る役に大抜擢します」 【カロ】 「おほほーっ! さすがセシリアおねーちゃん、見る目あるねー!」 【セシリア】 「馬鹿にされているのかしら……」  気を取り直して。 【セシリア】 「……私が野菜を洗うから、洗い終わったものからどんどん切ってい  って」 【セシリア】 「一口サイズに切り分けるのよー」 【カロ】 「はーい」  カロとの共同作業が始まった。  …  ……  … 【セシリア】 「野菜炒めは、お肉を先に焼くの。野菜は火を通し過ぎると歯応えが  なくなっちゃうでしょ? それを防ぐの」 【カロ】 「ふんふん」 【カロ】 「でも、歯応えがあると野菜を食べてる感じがして嫌だ」 【セシリア】 「野菜炒めなのに野菜を食べている感じをなくしてどうするのよ……」 【カロ】 「焼肉にする?」 【セシリア】 「もう野菜を切っちゃったでしょう?」 【セシリア】 「それに、カロが嫌でも旅人のお兄さんも嫌とは限らないでしょう?」 【セシリア】 「もしかしたら、全く火を通さないくらいが丁度いいと言うかもしれ  ないわよ?」 【カロ】 「んおぉぉ……。あやつ、人間をやめているのか……」 【セシリア】 「カロも大人になればわかるかもねー」 【カロ】 「そんな大人にはなりたくない」 【セシリア】 「くすっ、そっか」  それはご尤も。 【セシリア】 「んー、あとは天ぷら用の野菜ですから……。ちょちょいと炒めたら  お終いですね」 【カロ】 「はい、はい! もういっこ入れたいものがあります! ありまーす!」 【セシリア】 「んー? 生で食べられるものなら、基本的に何を入れてもいいわよ?」 【カロ】 「ほほう。そうなのか」 【カロ】 「ん! じゃあ、カロの特別食材投入ぅぅぅぅぉぉおりゃあああ!」  どさどさどさ――っ!  白い物体が投げ込まれた。 【セシリア】 「…………カロ。いま何を入れたの」 【カロ】 「近くで拾ってきたキノコ」 【セシリア】 「それ、食べられるの?」 【カロ】 「解んないです」 【セシリア】 「解んないものを入れたの?」 【カロ】 「美味しそうな見た目してたから。ぬへへ」 【セシリア】 「そういう問題じゃないでしょう、もう……」 【セシリア】 「……まあ、この町で摂れるもので、人を死に追いやるものはありま  せんけど……んん」 【カロ】 「カロが食べてみよっか」 【セシリア】 「ううん、危ないから止めておきなさい」 【カロ】 「酷いなー。危ない食べ物じゃないよー」 【セシリア】 「このキノコはちゃんと洗った?」 【カロ】 「うん。キュッキュッて音が鳴るまでちゃんと洗ったよ」 【セシリア】 「そっか」 【セシリア】 「……まあ、大丈夫とは思いますけど……」 【セシリア】 「もしものことがあると大変ですよね……。お腹を下すようなものを  食べさせるわけにはいきませんし」 【セシリア】 「……私が食べるしかないですね」 【セシリア】 「ん。じゃあ、ひとかけらだけ」 【セシリア】 「あむ」  ……キノコ独特の歯応え。  口の中が痺れることもなく、芳香な香りが鼻を抜ける。  舌触りもキノコそのもの。特に顔を顰めるような刺激もない。 【セシリア】 「んむんむ……」 【セシリア】 「あら、美味しい」 【カロ】 「ほんとっ!? カロも食べたい!」 【セシリア】 「ん、まあ大丈夫でしょう。ほら、あーん」 【カロ】 「あぁーーー」  何の遠慮もなしに広げられた口にキノコを運んでやる。 【カロ】 「んー……、んむんむ」 【セシリア】 「どう?」 【カロ】 「キノコだ」 【セシリア】 「キノコね」 【カロ】 「普通のキノコ」 【セシリア】 「普通のキノコね」 【カロ】 「もっと食べていい?」 【セシリア】 「もぉー。美味しいのかどうか言ってよぉ」 【カロ】 「普通のキノコだったよ? でももっかい食べたい!」  幸せそうに答える。 【セシリア】 「まぁ、子供はもっと食べたいと思うものが美味しい物ですよね。は  ーいどうぞー」 【カロ】 「おいしー」 【セシリア】 「ふふ、まだまだあるわよー」 【カロ】 「もっと食べるー」 【セシリア】 「んー、美味しいです。カロ、あーん」 【カロ】 「あぁーー」  つまみ食いはもう少し続いた。  …  ……  …  そして。 【男】 「――で?」 【セシリア】 「はへ?」 【男】 「どうしてこんなことになってるんだ?」  家に帰ると酔っ払いが二人いた。 【カロ】 「とーーーう! とーーーう! がはははは! われは魔王なりー!  なはははは!」 【セシリア】 「あー、ぅー……たぶんですけど、『混乱作用』があったんだと思い  ます」 【男】 「なにに?」 【セシリア】 「カロが採ってきたキノコに……そして、それを食べた私とカロが…  …ふぁあ~」 【カロ】 「ひょーうひょーう、すっぱめーん! むてき、さいきょう、すっぱ  めーーん!!」 【セシリア】 「カロは子供ですから……完全に自我を失って……わたしは、まだ…  ………耐えていられるんですが」  どこかふわふわした言動のセシリア。  俺から見ればセシリアも大概だ。 【カロ】 「んー。んふ。ぬふふ。おちゃちゃ、ちゃー。ちゃーみんぐ。ぐふふ  ふふふ」  カロは壊れていた。 【男】 「こいつ元に戻るのか?」 【セシリア】 「ん……んーーーーー……。自我を失っても、一時的なもののはずで  す」 【セシリア】 「『混乱状態』が解ければ、自然に……。後遺症もなく……カロも元  通りになる、はずです……」 【男】 「そうか」 【カロ】 「んー……――んんッ!?」  おぼろげな目が俺を捉えた。 【カロ】 「おにーさん……もんすたー? んんー……。……おいっす」  キレのいい動作で手を上げた。 【男】 「おいっす」 【カロ】 「おー、挨拶を返したぞ。もんすたー……んーん、お兄さん……。…  …お帰りなさいませ」  恭しく頭を下げるカロ。 【男】 「こいつ支離滅裂だぞ」 【セシリア】 「あはは……。カロはー……、ん……典型的な『混乱状態』になって  いますからぁ……、支離滅裂なのは……しょーがないっ。えへっ」  セシリアもセシリアで酔態を晒しているが。 【カロ】 「んー、んー。ん、んーおにいさん、おにいさん。旅人のお兄さん」 【男】 「どうした?」 【カロ】 「これ、こぇー。作った。たべろ」  鍋に入ったままのキノコを突きつける。 【男】 「いや、これ食っちゃ駄目なやつだろ」 【カロ】 「おいしーよ? ほんとーだよ? しょーこいる?」 【カロ】 「じゃーカロがたべまーす! ぱくりもぐもぐーっ!! おいちー!  !」  狂ってる。 【カロ】 「ほら、たべろ」 【セシリア】 「カロは酔うと将軍様になるのね……おそろしいわ」 【男】 「暢気に言うな」 【カロ】 「ん。……んー……? くんくん」  カロが鼻を鳴らす。 【カロ】 「良いにおいがするー。んー? くんくん、くん」 【カロ】 「…………お兄さんの……におい……? くん、くんくんくん」  俺の着ている衣服を嗅ぐように鼻を動かすカロ。 【カロ】 「……ゆーしゃさま?」 【セシリア】 「え……?」 【男】 「は?」 【カロ】 「ゆーしゃさまだ……ゆーしゃさまだ……。――っ!! ゆーしゃさ  まの匂いだっ!」  突然、胸に飛び込んでくる。 【カロ】 「とーう!! おかえりなさーい! ゆーしゃさまー!!」 【男】 「な、なんだなんだ!?」 【カロ】 「んーっ、ゆーしゃっさまー、ゆーしゃさまー。ふふ、ふふふ、ふふ  ふふふっ」 【セシリア】 「っ、こ、こらこら、カロー? 勇者様じゃないでしょー、もー。こ  れはー、旅人のお兄さんですよー?」 【カロ】 「んーっ、んーっ! カロの『番犬よりも敏感な鼻』は誤魔化せない!  これはゆーしゃさまのにおい!」 【セシリア】 「もお……なに馬鹿なことを言っているの」 【カロ】 「じゃあセシリアおねーちゃんも嗅いでみたら?」 【男】 「おい、なに言って……」 【セシリア】 「……仕方ないなぁ」 【男】 「おいおい!」 【セシリア】 「……ちょっと、失礼しますね……? くんくん」  セシリアの吸い込む空気が耳たぶの下をくすぐる。 【セシリア】 「ん……ん? くんくん、すぅぅ……っ、はぁぁ……」  温かい息が首筋をなぞっていく。 【セシリア】 「ぁ…………ゆうしゃ、さま?」 【男】 「お、おい……セシリア」 【セシリア】 「勇者様の……においです」  瞳が潤んでいた。 【セシリア】 「――っ、勇者様のにおいです! ~~~っ!! 勇者様ーーーっ!」  酔っ払い二人が飛びかかってくる。 【セシリア】 「わぁ……っ! 勇者様ですっ、やっぱり勇者様です! 勇者様っ、  ……勇者様ーっ!」  まずい。  『混乱状態』の二人を一遍に相手をするのは無理だ。 【カロ】 「カロのー、鼻はー、せかいーいちー♪ ひゃっほう」 【男】 「――さあ、カロ! 帰るぞ!」  一番小柄なカロを抱きかかえる。 【セシリア】 「ん――あぁっ! カロを抱えてどこに行くんですかー!」 【男】 「もう夜も遅い! 子供は寝る時間だっ!!」 【カロ】 「うひょー、駆け落ちだーかけおちだーっ! ごーごーれっつごー、  ゆーうーしゃーっ! ひゃっほう!」 【セシリア】 「あー、待って! 待ってくださいーーーっ!」  俺はカロの家を目指して飛び出した。