Track 13

「セシリアとカロ」

 勇者の家でカロとセシリアが邂逅していた。 【カロ】 「ん? セシリアおねーちゃんがカロに訊きたいこと?」  椅子に座らされたカロは、地面に届かない足をぶらぶらさせながら  訊いた。 【セシリア】 「えぇ。知っていたら、ぜひ教えてほしいことがあるの」  机を挟んだ向かい側に座るセシリアが、カロと目線の高さを合わせ  て言った。 【カロ】 「ほほーん? それはそれは……お高くつきますぞよ?」 【セシリア】 「がめついのね……。まあ、褒美くらいなら用意しましょう」 【カロ】 「うむ、よかろう」 【カロ】 「それで? 訊きたいことってーのは?」 【セシリア】 「カロって、旅人のお兄さんとよく外に遊びに出かけているでしょう?」 【カロ】 「うん」 【セシリア】 「私は日中、教会のお仕事があるからなかなかあの人の外の様子を知  らないのだけど、カロなら知っているでしょう?」 【カロ】 「うん。知らないことはひとつもないよ」 【セシリア】 「大した自信だこと。……で、訊きたいことなのだけど……」  本題に入るように、声を少し潜めて言った。 【セシリア】 「お兄さんの好きなもの……。どんなものでも、どんなことでもいい  からっ、……教えてくれませんか?」  予想だにしない質問の内容に、カロは少し拍子抜けしたような顔を  する。 【カロ】 「……いいけど。でもどうして?」 【カロ】 「旅人のおにーさんにプレゼントするの?」 【セシリア】 「うん、そんなところ」 【カロ】 「なんで?」 【セシリア】 「え。……『なんで』?」 【セシリア】 「あー……、それは……」  言い淀む。  事の仔細をカロに話すつもりがなかったのだ。  どうするべきか悩んでいると、カロが追撃する。 【カロ】 「……好きになっちゃったの?」 【セシリア】 「あぁ、違う違う。そういうんじゃなくて、……んー……難しい話な  の」 【カロ】 「どんな? どんな?」  彼と仲の良いこの子には、話しても問題はないだろう。  逆に、話しておくべきかもしれない。 【セシリア】 「あのね……? 旅人のお兄さん、このままだとこの町からいなくな  っちゃうかもしれないの」 【カロ】 「――っ! なんと――っ!」 【セシリア】 「それを引き留めるために、こう……『作戦』、というか……『アプ  ローチ』、というか」 【セシリア】 「とにかく、この町に永住――……、ずっと住んでいたいなーって思  ってもらえるように、色々努力してみようって考えているの」 【セシリア】 「それで、カロに『お兄さんの好きなもの』を教えてもらいたいなっ  て思ってね」 【カロ】 「ほんほん」 【セシリア】 「カロも、お兄さんにはこの町に残っていて欲しいでしょう?」 【カロ】 「うん。旅人のおにーさんは、良い人だよ? 良い人がたくさんいる  と、毎日たのしいよねー」 【セシリア】 「くすっ、そうですね」 【カロ】 「セシリアおねーちゃんも、町に残って欲しいなーって思ってるの?」 【セシリア】 「えぇ、そうよ」 【カロ】 「どうして?」 【セシリア】 「どうしてって……それは」  続きの言葉が出てこなかった。  どうしてだろうか?  あの人をこの町に逗留させておきたい理由。  自分は、彼の人望を買っているのだろうか。  確かに、人望は買っている。  しかし、それが理由ではない。  彼がこの町にもたらす利益を考えて、彼の遠出を拒んでいるのか。  それとも……、もっと規模の小さい私的な理由か。  私的な……。 【カロ】 「……やっぱり、好きになっちゃったの?」 【セシリア】 「うー……、そうなのかなあ……」 【カロ】 「えーっ、駄目だよー。勇者さまというものがありながらー」 【セシリア】 「くすくすっ、そうですね……」 【セシリア】 「私は……勇者様が、好き」 【セシリア】 「勇者様が好きだから……あの人のことも、好きになったのかもしれ  ませんね」 【セシリア】 「まるで、勇者様の生まれ変わりのようなあの人を……、ね」 【カロ】 「んー……?」  話の半分も理解していないのか、間抜けな声を出すカロ。 【セシリア】 「くすっ。……さあさあ、そんなことはともかく。お兄さんの好きな  ものを教えてくれるんじゃなかったの?」 【カロ】 「あっ、そっか。んふふっ、これはとっておきのお話なのですぞ?」 【セシリア】 「ほう。それは楽しみねえ」  二人きりのお茶会は進んでいく。