⑤夏祭り ~浴衣と金魚すくいと~
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⑤夏祭り ~浴衣と金魚すくいと~
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――8月1日、晴れ……
【美崎】
「じゃあ、いってきまーす!」
居間でテレビを見ている家族に声をかけ、塔也の手を引いて家を出る…
私も塔也も浴衣姿で、私のは赤茶色の生地に、牡丹と蝶の模様があしらわれ…
塔也の浴衣には、紺の生地に金魚が泳いでるような絵柄が施されている…
毎年くるもんだから、いつの間にかお母さんが塔也の分まで買い付けていたみたい
今日は花火大会…でも、お父さんやお母さんは用事があってこれない
…というのは建前で、単に私と塔也の仲が良すぎて、
一緒にいると邪魔になってる気がするとか言ってた
気の回しすぎだけど、ちょっと自覚はある…
家族がいても、時々二人の世界に入っていきがちだから…
塔也の元気っぷりに、もうおばあちゃんはついていけないし…
一人残すのもなんか違うっていうのもあるのかも…
ワクワクがとまらない様子の従弟を連れ、
昼間とは違った、静かな虫の音を聞きながら歩く…
そうすると、だんだんと祭り独特の明かりが近くなり…
一気に空気が賑やかに変わった
…といっても、小さな商店街を着飾っただけなので、
都会の祭りほど華やかではないけど…
それでも、この空気が好き……
みんなで精一杯楽しもうとする、この空気が……
今年も塔也と一緒の夏祭りが始まった……
表には出さないけど、私もワクワクしてる
いつもとは違う…少し特別な想い出が作れるかもしれない…
そういう期待を抱いているから……
当の本人は至っていつもどおり…
目を輝かせ、去年とは違う屋台の数々に心躍らせている…
…不意に、一つの屋台の前で塔也の足が止まった
金魚すくい…毎年チャレンジして、毎年…塔也が挫折を味わってる…
【美崎】
「今年も…やるの?
またダメかもしれないよ?」
塔也は、私の言葉に深く頷いた…
諦めない心…私が彼に、憧れている部分…
子供の頃の私も、金魚すくいがうまくできなくて、すぐに諦めたから…まぶしく映る…
屋台のおっちゃんに二人分のお金を払い、容器と紙ポイをもらう
紙ポイは金魚をすくう網みたいなやつだけど、ここのは軟い…
要領の得ない子供だとすぐに破いてしまう…
塔也は腕まくりをして、意気揚々と金魚が集まってるところにポイを差し込み…早速破いた
躍起になって次のを差し込んで、破いて…差し込んで、破いて……すくえる気配がない
若干泣きそうになってきて…それはたぶん、悔しいだけじゃなくて、恥ずかしさから…
大人の事情に果敢に立ち向かう塔也が切なくて…私も腕まくりをして臨戦態勢に入った
【美崎】
「塔也…おねえちゃんがやるの、ちょっと見ててくれる?」
残り少なくなったポイと私の顔を交互に見て…彼は真剣な顔で頷いた
去年までは私もうまくできなかったけど、今年は違うから…
金魚の流れを眺める……そして一匹に狙いを定め、ゆっくりとポイを差し込み……ゆっくりと引き上げた
隣で塔也の驚いた声が響いた
紙の膜は破れることなく、その上には金魚が跳ねている
それを慎重に手元の容器に移し、水の中を泳がせる…私はホッと一息ついた
【美崎】
(よかった……塔也の前でも、うまくできた……)
本番に弱い私を、私が一番心配していた……達成感がハンパない
目を見開いて私を見続ける塔也に、お母さんから教えてもらったことを伝える
【美崎】
「金魚もね、生きてるの。生きたい…って気持ちがあるの。だから、怖がらせたりしてはダメ」
【美崎】
「『捕まえてやる!』じゃなくて、『一緒に生きてこうね』って気持ちですくってみて?」
塔也は一瞬戸惑いを見せたけど、すぐに真剣な表情に変わって、最後のポイで金魚たちを見やる…
去年までの塔也なら今の話の意味はわからなかったと思うけど…今年は違う……
信じて見守っていると、彼は静かにポイを水面に浸けて…
ゆっくりと、金魚の乗ってるソレを引き上げた…
一番ビックリしていたのは彼自身
その次にビックリしていたのが、私と屋台のおっちゃん
【美崎】
「あっ、塔也! 容器に移さないと! 早く早くっ!」
彼はハッとなって、すくい上げた金魚を慌てて容器に移す
喜びのあまり踊り出しそうになる塔也を温かい目で見続けた…
水の入ったひも付き袋にそれぞれの金魚を移し、私たちは屋台を後にした…
商店街を練り歩きながら、お互いの金魚を見せ合って、笑いあって……
そうこうしてるうちに、拡声器で花火が打ち上がる時刻になったことを告げられ、人波が同じ方向を向き始める…
それに倣う形で、私たちも歩を進めた……
袋を持ってないほうの手を、ずっと握りあったまま……