日常「耳かき」
◆4
「耳かき」
休日のこと。
コンコン
【優衣】
「『はーい? 兄さーん?』」
【兄】
「いま、いいか?」
【優衣】
「『うん』」
がちゃり
【優衣】
「……どうしたの? なんの用?」
【兄】
「ちょっとお願い事があってだな」
【優衣】
「お願い事……? ……まあ、入って」
【兄】
「失礼」
ばたむ
【優衣】
「それで、なに?」
【兄】
「そろそろ耳掃除をしてもらおうかと」
【優衣】
「はあ? またぁ?」
呆れるように溜息を吐く。
【優衣】
「……ねえ。私が言うのもなんだけど、そろそろ卒業したら?
一人で耳掃除くらいできないでどうするのよ」
【兄】
「まあまあ、そう言わず」
【優衣】
「はぁ……本当に勝手よね。
自分のことを棚に上げて、人の添い寝に文句言うんだから」
【兄】
「それはそれ、これはこれ」
【優衣】
「なにがそれこれよ。ばか」
ぶうたれながら、ベッドに腰掛ける。
【優衣】
「はい、おいで」
若干、語気が強めだが、どうやらしてくれるようだ。
【優衣】
「にやにやすな」
腹を殴られた。
【優衣】
「ほら、早く」
不機嫌そうな面構え。
……素直に従っておこう。
【優衣】
「耳かき……は、ここか。
ティッシュとタオル……はないから、ティッシュでいっか」
【兄】
「……なんか」
【優衣】
「うん? 不機嫌そう? はは、そりゃそうよ。
こんな真昼間から頼まれちゃ、機嫌も悪くなるわ。
することだってあるっていうのに」
【兄】
「え? じゃあ」
【優衣】
「あー、もういいから。中途半端に気を利かせないで。
やるって決めたからにはやり通すわ。
兄さんも、させるって決めて来たんだから、貫き通しなさい」
【兄】
「あ、はい」
【優衣】
「全く……はぁ、ふぅ……、んっ……ん。
……じゃあ、始めるわよ?」
【兄】
「うむ」
耳を摘まみ、照明が中まで当たる角度を探す。
【優衣】
「んー……、………………うわ。
ふふっ、うん。こりゃ耳かきしないと駄目な耳だ」
確認で来たら、早速耳かき棒の登場だ。
【優衣】
「……前にしたの、いつだったか憶えてる?」
かりかりと擦られる。
【兄】
「二……いや、三週間くらい前か」
目を閉じて、されるがままになる。
【優衣】
「そう、三週間前。
別段、スパンを置いたわけじゃないけど……案外溜まるものねえ」
【兄】
「そんなにか?」
【優衣】
「うん。よく音が聞こえてるなあって思うくらい」
【兄】
「えっ、マジか」
【優衣】
「クスッ、冗談よ」
からかわれたらしい。
確かめるようにカリカリと入り口を擦る。
【優衣】
「んぅ……痛くない? 加減が不満なら、いつでも言って?」
【兄】
「ん。大丈夫だ」
いつもの問いと、いつもの返し。
不機嫌そうだったが、始めればなんのその、通常運行だ。
【優衣】
「それにしても……毎度毎度、恥ずかしげもなく人にお願いして」
【優衣】
「普通、耳かきって……人にしてもらうものじゃないわよね?
ましてや、妹にさせるなんて……くす、変態の域を出ないわ」
【兄】
「変態呼ばわりやめろ」
【優衣】
「だって、ここって一応は汚い部類に入るのよ?
汚いところを見られても平気だなんて……正気の沙汰じゃないわ」
【優衣】
「見られるのが好きなの?」
【兄】
「……そういうことは考えたことない」
【兄】
「第一、これを始めたのは俺からじゃなくて、お前からの提案だ」
【優衣】
「む、ぐ。……趣旨をずらさない。
……そりゃあ、まあ……発端は私の我が儘からだったけど。
今は兄さんから求めてくるんだし、私もその時とは意見が違う。
仕方なーくやってあげてるだけだもの」
【兄】
「はっはぁん? ツンデレ?」
【優衣】
「うるさい。ツンデレとか抜かすなら鼓膜突くから」
【兄】
「あいすんません」
【優衣】
「もう、まったく……」
かりかり
【優衣】
「それで? 兄さんは私に汚いところを見せるの、抵抗はないの?」
【兄】
「あ、その話は続くんですね」
【兄】
「まあ……慣れっていうんかな。
抵抗云々、平気か云々とか全然関係ない。
なーんも感じないわ」
【優衣】
「ふうん……一種の常識と化してるのね。
ふふ、わからないでもないわ」
【兄】
「たまには俺からしてやろうか?」
【優衣】
「え?
あー、ううん、遠慮しておく……」
【兄】
「どうしてだ? 遠慮するこたぁない」
【優衣】
「んん、ぅ……あの、普通はね?
耳の中を見せるっていうのは恥ずかしいことなのよ?
だから、たとえ兄さんであっても、耳掃除のお願いはできないわ」
【優衣】
「それに……ちょっと不安」
【優衣】
「……本当に鼓膜を破られそう」
【兄】
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
【優衣】
「くす、信頼度がまだ足りないのねー。
せいぜい努力しなさいな?」
【兄】
「はいはい」
しばらく会話もなく、かきかきと。
【優衣】
「……ん、もういいかなぁ。
どれどれ」
耳朶を引き、太腿の上で頭を転がして中を観察。
【優衣】
「んー……、……ん…………うん、オッケー。
じゃあ、耳かき棒をひっくり返してー?
ふふ、仕上げといきましょうか」
【優衣】
「……んー……、……ねぇ、このふわふわしたので、
耳の中をふわふわぁってされるの……
耳かきと違った気持ちよさがあるわよねー?」
【兄】
「そうだな」
【優衣】
「こんなもの、一体誰が最初に考えたんでしょうね。
耳の外を、ふわふわぁ……。中をくしゅくしゅぅ……ふふっ、
細かいのを絡め取るっていうのが役目なんでしょうけど……
実際、言うほど絡まってる印象はないのよねえ……」
【優衣】
「ふふ、マクロではわからずとも、ミクロでは意味があるのかも?」
【優衣】
「……まあ、気持ちよければ何でもいいんだろうけど。
……ね、兄さん」
【兄】
「ん」
適当に返事をしておく。
そのまま無言の梵天タイム。
【優衣】
「んー…………もうちょっと奥まで……。
痛かったら言ってね?」
ぐもっ、ぐもっと梵天が入ってくる。
もう少し進めば痛いってところで引き抜くから、
俺は文句を言う機会がない。
【優衣】
「ふ……、兄さん……顔がとろけてる」
【兄】
「へ?」
【優衣】
「クスッ、もう……ばかみたい」
そう言いながら頭を撫でられる。
……自尊心は穢されるような気がするが、悪い気はしない。
奥のほうをぐるりと一周させると、引き抜かれる。
【優衣】
「はい、こっちは終了ー。
んふ、もう終わったぞー」
不必要に耳を引っ張られる。
【兄】
「わかった、痛い、やめろ」
【優衣】
「フフフ、兄さんの耳たぶ、すごく伸びるわよねー。
福耳ー、ふふっ」
【優衣】
「ん……、…………ふぅー」
【兄】
「どわっ!?」
耳に息を吹きかけられた。
条件反射なのか、ぞわぞわすると共に肩がびくりと跳ねる。
【優衣】
「んんっ、逃がさないっ。
ふーっ……ふふっ、はぁふぅー……」
【兄】
「うわ、わーっ、やめ、ちょっ……やめんかー!」
【優衣】
「ふぅー……ぅ? ふふっ、んぅー? やめてほしいの?
くす、どうして? 痛いわけじゃないんでしょう?」
【兄】
「ぞわぞわするんだ!」
【優衣】
「ぞわぞわ? ……ふうん。
……はふぅー」
【兄】
「のわっ!」
【優衣】
「あ、本当だ。脇に力が入って、きゅぅーって肩が上がってる。
くす、変なポーズ」
【兄】
「遊ぶなってーの!」
【優衣】
「はいはい、そんなに怒られるとは思わなかったわ。
じゃあ、反対向き。ほら、転がって?」
【兄】
「まったく……何なんだ」
拗ねても終わらないし、素直に頭を転がす。
外を向いていた視線は、今度は優衣に向かう。
【兄】
「……」
【優衣】
「……スカートじゃなくて残念?」
【兄】
「いや、これはこれで」
【優衣】
「もう、あほ」
叩かれた。
【優衣】
「馬鹿言ってないで、ジッとする」
【兄】
「うす」
中を見るため、耳を軽く引かれる。
これが案外痛気持ちいい……って変態か。
【優衣】
「ん……こっちも似たようなものね。
それじゃ、早速……入りまーす」
【兄】
「どうぞー」
こちらも手始めに入り口を擦る。
加減の確認だ。
【優衣】
「どう……? こっちも痛くない?」
【兄】
「んむ、完璧。さすがだな」
【優衣】
「そっか。ふふっ、まあ慣れね、慣れ。
力加減においては、兄さんが自分でするよりも丁寧に、
気持ちよーくしてあげられるかも」
【兄】
「確かに……自分でしたことがないから加減はよくわからんな」
【優衣】
「……まあ、ある意味、
自分でできないってことは良いことかもしれないわね。
特に、兄さんみたいに耳かきが好きな人にとっては」
【兄】
「どういうことだ?」
【優衣】
「耳かきのし過ぎは外耳炎を、……耳の中の炎症を引き起こすの」
【優衣】
「外耳道は比較的簡単に傷付いてしまうところだから、
知らず知らずのうちに炎症が始まっている……
なんて珍しい話じゃないわ」
【優衣】
「その点、兄さんは一人で勝手にしないから安心ね。
節度を守って私にお願いしているし……くすっ、
考えての行動かどうかはわからないけど、賢明な判断だわ」
【優衣】
「ふふっ、気持ちいいことだからって一人ではしない。
私にしてもらうほうが気持ちいいから、お願いするのをやめられない」
【優衣】
「ふふっ、兄さんらしいじゃない?」
なんだか意味深な言葉に聞こえてならないんだが……。
わずかながらの抵抗として、太腿を摘まんでやろうか。
流石に怒って、突いてくるかもしれない。
それにしても、心地いい柔らかさだ。
思わず頬擦りをしてしまうな。
【優衣】
「んっ、ちょっと、頭を転がさない。
ん、フ……もう、こーら、息が……ふふっ、くすぐったいからぁ」
【兄】
「はっ、体が勝手に」
【優衣】
「もー……耳かきが終わったら、いくらでもしていいから。
今は我慢。……終わらないでしょ?」
いくらでもしていいのか……。
【兄】
「仕方ない、待つか」
【優衣】
「まったく……ふふっ、甘えん坊さんなんだから……」
ゴロゴロと音がする。
ひと際大きいやつと格闘してるみたいだ。
【優衣】
「妹に甘える兄って……世間体で見るとどうなんだろう」
【兄】
「まあヤバいやつなのは確かだな」
【優衣】
「ふふっ、うん。ヤバいやつなのは確かね。同感」
【兄】
「でも、シスコンとはなんか違う気がする」
【優衣】
「シスコンっていうのは……なんだろ、妹を溺愛している、
妹に甘いーっていう印象?」
【兄】
「うん、まあそういうシスコンは多いな」
母数はともかく。
【優衣】
「となると、妹に甘える兄は……シスコンじゃない」
【兄】
「うむ!」
【優衣】
「うむ! じゃないわよ。立派なシスコンでしょうよ」
【兄】
「あ、あれ? 同感を得られない?」
【優衣】
「兄離れができないのがブラコンっていうくらいなんだし、
妹に甘えるような妹離れできない人はシスコン確定よ。
ふふっ、やーい、シスコン」
【兄】
「それならお前だって、『やーい、ブラコン』だろうが!」
【優衣】
「残念でしたー。
ブラコンはある程度世間体では許されるコンプレックスでーす。
だからなーんの恥ずかしさもございません?」
【兄】
「開き直りやがった……」
【優衣】
「ふふん、追及を逃れるときには開き直るのが定石よ。
私はブラコンなのだー、ってね」
【優衣】
「まあまあ、一方的なら可哀想なコンプレックスだけど、
兄さんとは相思相あ……いかはともかく、相思なわけだから、
この症状は不衛生な状態じゃないわ」
【優衣】
「まあ……、あははっ……。
他人に対して誇らしいことではないと思うけど……」
【優衣】
「でも、もうしばらくは……
こんな甘え方を堪能しても……いいんじゃない? って、私は思う」
【優衣】
「だから、恥ずかしがらずに、とんと私に甘えなさいな?」
【兄】
「許可されても難しいところはあるがな」
【優衣】
「ふふっ……うん、わかってる。無理強いはしませーん」
【優衣】
「ほら、耳をかきかきするのは終了。
一応、中を確認……と」
また耳を引かれる。
【優衣】
「んー……、……うん、オッケー。
じゃあまた、ふわふわのほうに変えてと……
……はい、入れますよー?」
ふわふわと感触とは相反して、ぼわぼわっという音をさせる。
くすぐったくて、でも耐えられないほどの感覚ではなくて。
なんか変な顔になってしまう。
笑ってしまうというか、ニヤニヤするというか。
【優衣】
「んー……、…………ん。
くすくすっ、また変な顔してるー」
【兄】
「……目敏い」
【優衣】
「こっち向きだから余計にわかる。
ふふっ、これをするといっつも変な顔するんだから。
……そんなに気持ちいい?」
【兄】
「わからん。なんでか笑っちまうんだ」
【兄】
「気になるならしてやろうか?」
【優衣】
「だから遠慮するーって。兄さんに耳は晒しません。
試しにーとかいう口車にも乗るもんですか。
何するかわかったもんじゃないもの」
【兄】
「とほほ……俺は親切心で言っているというのに」
【優衣】
「私からの信頼度をもっと高めること。
そうすれば何でもさせてあげるわ?」
【兄】
「なんでも?」
【優衣】
「ええ、なんでも」
【兄】
「なんでもか……」
【優衣】
「……今その台詞で私の信頼度が下がったわ」
【兄】
「え! なんでや! まだ何も言っとらんだろ!」
【優衣】
「ふふっ、前途多難ね。
これじゃあ、何でもさせてあげるほど、
信頼度は溜まりそうにないわねー?」
【兄】
「ぐぬぬ……?」
いや、これはあれか。
なんでもさせるほど信頼度は意地でも溜めないってことか。
そうだよな、信頼度なんて優衣の匙加減でどうにでもなるしな……。
なんだ、期待させるだけさせやがって。
【優衣】
「んー……ぅ~……、くるくるりんっと」
ずぬぼっと抜かれる。
【優衣】
「はい、終了ー」
頬を叩かれる。
【優衣】
「ほら、終わったわよー」
【兄】
「……もうしばらくこのまま」
【優衣】
「ん? ……ふふっ、……ふう、仕方ないわねえ……」
【優衣】
「……ちょっとは、私に甘える気になった?」
【兄】
「そういうんじゃないが……」
【優衣】
「もう、そこは否定しないの。
別にいいじゃない? 甘えん坊さんでも。
誰だって甘えたいときくらいあるわよ」
【兄】
「そういうもんか」
【優衣】
「うん。私だって、あるにはあるし」
【兄】
「お前は毎晩だろう」
【優衣】
「あー、酷い。
……自分のことを棚に上げて、人を毎晩甘えん坊呼ばわりして」
【優衣】
「そんなに兄さんは、……こうだっ」
一瞬だった。
俺の頭部は優衣の服の中にいた。
ぎょっとする間もなく顔面に腹部を押し付けられる。
【兄】
「ンむぐっ!」
【優衣】
「んっ、っ……んふ、ふふっ♪
ぎゅぅぅ~っ……、っ、どうだ、服の中は苦しかろう?
苦しいだろう?」
【兄】
「ふがっ、もが、ぐがごむうあぐぁぐばー!」
ちょっとちょっ!! 普通に苦しいんだけど!!
息、息!!
【優衣】
「ふふっ、……んんっ、んっ……逃がさんっ、っ……ん、ふふっ。
ふ、あはっ、ちょっとっ、ふふっ、お腹……ふはっ、
おへそに唇が、っ、こしょばゆいーっ……あはっ、ふは、ふっ」
【優衣】
「っ、は、ふ……はいっ、解放ーっ」
【兄】
「ぷはっ!」
【優衣】
「ふふっ、どうだ、私に意見したらこんな目に遭うんだ。
憶えておきなさーい」
【兄】
「……」
見える。
肌が見える。
【優衣】
「……? 兄さん?」
これはもしや、視線を上に向ければ……
【優衣】
「…………? …………――っ!」
胸の下で服が視界をシャットアウトする。
ずるずると服が捲られて、数十秒ぶりの室内が見えた。
【優衣】
「……暢気に服の中を観察しない」
【兄】
「まず服の中に顔を入れるなっていう話では」
【優衣】
「うるさい。
もう……、膝枕続けるの? 続けないの?」
【兄】
「続ける」
【優衣】
「ん。じゃあ大人しくしてて……」
後頭部を優衣の太腿に預け、天井を見遣る。
視界には天井と優衣の顔……だけじゃない。
下から見上げると、より良くわかるものがあった。
【兄】
「下から見ると、お前」
【兄】
「痛っ!」
【優衣】
「胸の話はもういいです」
【兄】
「いやしかし」
みぞおち付近を押す。
そうすると服が張り付き、体の輪郭を表現する。
【兄】
「おー、成長したな」
【優衣】
「もうっ、服を伸ばすな! 胸を強調させるな!
バカップルじゃないんだから……、んん……」
言下で恥ずかしそうな顔をする。
【兄】
「自分で恥ずかしがるな」
【優衣】
「…………はいはい。彼女のいない兄さんには、
こういうじゃれ合いが楽しいんでしょうねー」
【優衣】
「仕方ないから……付き合ってあげるわ」
【兄】
「ほう? じゃあ……」
【優衣】
「だからと言って胸を触ろうとすなっ」
手をはじかれた。
まあ、当然の流れだ。
【優衣】
「もう……甘えるってこういうことじゃないでしょう?
もっと、こう……可愛げのあることをしなさいよ」
【兄】
「例えば?」
【優衣】
「例えば……そうね……」
【優衣】
「ん……」
【優衣】
「可愛げ……と関係があるのかはわからないけど、
私は……このまま兄さんが安心した顔をして、
膝枕で眠ってくれたら……嬉しいかな」
【兄】
「なんじゃそら」
【優衣】
「それが甘えるってことよ。
相手を信頼して、素をさらけ出して……身を委ねる。
多分そう。……くす、私なりの解釈では、ね」
【兄】
「ふうん」
優衣の解釈がそうなら、きっとそうなんだろう。
どのみち、優衣の気の済むままにするしかないんだ、
言う通りにしよう。
ちょうど眠たくなっていたことだし。
【優衣】
「ほら、眠って?
……一定リズムを刻んで、お腹を……ぽん、ぽん、ぽん……。
これを続けると、素直に睡眠に入ることができるの」
【優衣】
「睡眠儀式って言ってね。
ほら、昔お母さんがそうやって寝かせてくれたでしょう?
体のどこかで、そのリズムと睡眠との因果関係を覚えているの」
【兄】
「へえ……」
あやすように優しくお腹を叩く。
指を持ち上げて、自重に任せて落とすだけの柔らかな叩き。
【優衣】
「ぽん……ぽん……ぽん……ぽん……。
ぽん……ぽん……ぽん……ぽん……」
声と共にお腹を叩かれる。
【優衣】
「……ふふ、うん、良い顔。
リラックスできた、安らかな顔」
【優衣】
「太腿が、程よくひと肌の温もりを伝えてくれるでしょう?
一人じゃない。誰かが見守ってくれてる……
そう、安心して眠ることができる」
【優衣】
「くす、このまま兄さんが眠るまでお腹を叩いてあげるから……。
安心して眠って?」
返事はせずに意識を落とした。
【優衣】
「兄さん……。おやすみなさい……」