chapter 2
あっ…、ごめんなさい。爪が引っかかってしまったかしら。違う?じゃあ、どうして声をあげたの?
耳?耳に手が当たったから?……こう?
あっ、今、びくりと震えた……。そう、耳が弱いの。では、こうやって引っかくと…、ふふ、そうなっちゃうわよね。
心に火が灯ってしまったかしら。
いいのよ、浅ましくも恥ずかしくもない。貴方の心が、それだけ溶けて来ているということだから。
敵対されるよりは親密な関係でありたいわ。貴方は私の虜囚であるとともに、尽くすべき客人なのだから。
次は耳たぶ…。赤みが差さってはいるけれど、まだひんやりと冷たい。あたたかくなるまで、私の指であたためてあげる。
どうしたの?指で触れているだけなのに、小さく声がもれて来ているわ。心地よさから、というには、ずいぶんと扇情的な響きよ。
恐怖や不安はときとして体の感覚を敏感にするけれど、貴方の場合はそれだけではないわね。
快楽を感じ取る神経が優れているのよ。ふふっ、実に可愛らしいこと。
耳たぶ、すっかり熱くなったわ。目も吐息もトロンとしてしまって……。
今度は、耳の裏のくぼみから、首筋を伝って、ツーっと胸元まで撫で下ろすと……。
いい声よ。
叫ぶでもなく、押さえ込むでもなく、体の中から、蕩けた心があふれ出て来たような声。
とても無防備。
服、破ってしまうわね。後で貴方にふさわしい衣装を用意してあげる。可愛らしい貴方にはきっと似合うわ。
はい、これで裸ん坊。ふふっ、湯浴みでもしたのかしら。指の一本一本に至るまで朱が差しているわ。
隠さない。手は万歳。出来ない?
駄目、それは貴方の願いではない。理性の抵抗に過ぎないものよ。
手を貸してあげる。ちょっとした魔法。貴方の体が私の思い通りに動くようになる魔法を。
貴方が本当に嫌がっているのならば抵抗することが出来る程度の魔法でしかないけど、今はそれで十分。
……はいっ。
さぁ、手をどけなさい。……ほら、出来た。
恥ずかしい?でも、気持ちが少し楽になったでしょう?
もう隠すことも出来ないように、鎖で天井に吊るしましょうか。
ふふっ、これで貴方の全身を眺め放題ね。どう?裸体をさらけ出して、それを好奇の視線で見詰められるのは。
羞恥、諦念、恍惚、それに…、安堵もかしら。……ちょっとばかり、妬けて来るわね。
少し意地悪をしたくなって来た。
そうね、今夜は、このまま貴方のお顔だけを愛でてあげることにしましょうか。
あら、残念そうな顔をするのね。でも、そういう顔をするということは、私と閨をともにしたいという気持ちはあったということね。
……嬉しいわ。ありがとう。
誤解されないように言っておくけれど、これは貴方に快楽を与えないという意味ではないの。
むしろ、優れた感覚を持つ貴方なら、この意地悪のほうが気に入るかもしれない。
これから先、私は貴方のことを、子どもをあやすように愛でる。髪を、額を、頬を、耳を、首筋を、私のこの手と指で撫ぜてあげる。
貴方の理性と言葉を、夢心地の中で融かし、深甚なる安堵の海へ、貴方を沈めてあげる……。