Track 1

『どうせ私を奴隷として売るつもりなんでしょう』

1  私は、“ダークエルフ”と呼ばれる種族です  褐色の肌と白銀の髪を持っていて、一目で普通のエルフとは違うと分かります。  ……だけど、逆に言えば、違うのはそれだけです。  耳は尖っているし、本来は森に住みます。長生きで、弓の扱いは上手く……普通のエルフと、ほとんど変わりません。  でも、この暗い見た目のせいで、“悪いことをするエルフ”というイメージがついてしまっています。  もちろん、本当に悪いことをするダークエルフもいるでしょう。けれど、大抵は、普通のエルフや人間と同じく……争い事なんて嫌いな者ばかりです。  なのに、ダークエルフを見た人間は、大抵が馬鹿にしてくるか、あからさまに避(さ)けてくるかしてきます。  どうやら、ダークエルフに隙を見せると呪われる……というのが、人間の間での定説のようです。  そんな扱いなので、悪いダークエルフには何をしてもいい、という最低の考えの人間もいて……捕まえて奴隷にしようとする者までいます。服従させて弱らせれば呪われまい、と。  人間だけでなく、エルフからも迫害されています。まともに言葉を交わせたことなんて、数えるほどしかありません。  だから、私は森からは追い出され、街にも住めず……行く宛てもなく、彷徨うしかありませんでした。  そうして出会った彼も……他の人間たちと同じなのだと、思っていました。  だけど……  この部屋を使っても、いいのですか?  このベッドは? ……私の?  このパンと果物と水は……?  ……これも、私の?  ……。  こんな手に、引っかかる者がいますか。  どうせ、食べ物か水に、眠らせる薬でも入っているんでしょう。  それで、私を誘拐して……奴隷として、売り飛ばすつもりなんでしょう。  そういうやり方があることくらい、私だって、知っています。  ……なんでしょう。怒ったのですか?  パンを手に取って、何を……?  あ……パンと、それに、果物、食べて……。  水と一緒に、飲みこんで……。  ……。  確かに、薬は入っていない、ようですけど……  ……でも。分かったのは、それだけです。  あなたのことを、信用しろと言われても……無理です。  そもそも、理由が分かりません。なぜ私に、部屋を貸したりするのですか。  ただの同情だったら要りません。  ……いえ。嫌というわけでは。部屋を提供してもらうこと自体は、迷惑ではありませんが……。  今日はこのまま、休め、と?  …………。  ……話は、終わりでしょう。出て行って、もらえませんか。  ……ちゃんと、ドアに鍵もかけられる。  これで、彼は無断で入ってこられない。寝てる間に誘拐される、ということは、なさそうだけど。  ……一体、何なんでしょう。  ダークエルフを家に泊まらせる、なんて……。  ……分からない。  私が可哀想だったから? それとも……ただの、人間の気まぐれ?  ……何か、下心があって?  ……どっちにしろ、信用なんてできない。  いつでも、ここから逃げられるようにしておかないと……。  っ、いたたた……。  でも、この傷もあるし……今日は、ここで休むしかない、か……。  もし、急に襲われたときのために、何か武器は……。  ……この椅子を、すぐに手に取れるようにしよう。  ぅ……。  ……それと、このパンと果物も、いただいておこう。  怪我の治療には、エネルギーが必要だし……  ……さっき食べたパンだけじゃ、足りませんし。 * * *  ん……朝……。  ここは……そうだ。あの、人間の家……。  天井、昨日眠ったときから、変わってない。眠ってる間にさらわれる……ということは、さすがになかったようだけど……。  今日こそ、彼の目的を聞きださないと……。  一体どうして、私を匿ったのか……。  ……っ、いたた……。さすがに、一晩じゃ、傷、治ってないか……。  これじゃ……しばらく、動き回ることは、難しそう……。  ……っ!  あ……あなた、ですか。  ……何の、用ですか。  ……朝ごはん?  …………  ……う。  確かに、お腹は空きました、けど……  く……っ。  ……分かり、ました。今、鍵を、開けます。  おはよう、ございます。  ……はい。眠れました。それなりに。  ……そう、ですね。確かに、私が寝ている間に、何もされなかったようですけど……  でも、まだ、あなたのことを、信用したわけではないです。それは、はっきりしておきます。  朝ごはんを置いて、さっさと出ていってくださると、安心できるのですが。  ……? なんですか。 “お腹は空いてるのか”、って……  ……あ、当たり前、です。夜寝て、起きたら、お腹は空くものです。  余計なことは言わないで、早く出ていってください。  ん……待ってください。一緒に持っている、その包帯とビンは?  私の分、ですか? ……足に怪我をしてるから?  ……。いえ。治療は自分でやります。さっさと出て行ってください。  ……はい。何かあったら、呼びます。  何もないとは、思いますけど。  ……。  そういえば、あの人に毒見させるのを、忘れていました……。  ……変な薬、入っているかも……?  ……。  ……ん……  もぐもぐ……もぐ……はむはむ……  ……すーっ。ずずーっ。  ん……はぁ……。  ……まあ。眠くなってきたり、体が変に熱くなってきたりしたら……そのときはそのとき、です。  ……ひとまず、足のケガを、処置しましょう……。化膿したら大変です……。  消毒して、包帯巻いて……。  ……ふぅ。  これで……少しは、楽に。  しばらく、安静にしていれば、問題なく治りそうです……。  ……そういえば、また、彼の目的を聞き損ねました……。  やっぱり、信じられません……。  人間なんて……一皮剥けば、最低な人ばっかりです。  彼らに比べれば、ダークエルフのほうがよっぽど心が綺麗です。  ……私からは、絶対に、彼を頼ったりなんてしません。 * * *  ……あの。  あの……。  ……はい。あなたです。あなた。  ええ、と……  ……。  ごはん。  ……お昼ご飯。  ……いただけませんか。  ……っ。  わ……笑わないで……ください……。  それから一日経って、二日経って……  あの人間は、私をどこかに売り飛ばそうとはしませんでした。  家には、彼以外の誰も住んでいなかったし、必要最低限の時にしか、彼は私と話そうとしませんでした。  それに、足の怪我がそろそろ治りかけているのに、彼は私を追い出そうとしません。  私が部屋に居ることに、迷惑そうな素振りを少しも見せません。  ……だから、私はますます分からなりました。  何故、彼は、私を住まわせてくれるのでしょう?