『どうせ私を奴隷として売るつもりなんでしょう』
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私は、“ダークエルフ”と呼ばれる種族です
褐色の肌と白銀の髪を持っていて、一目で普通のエルフとは違うと分かります。
……だけど、逆に言えば、違うのはそれだけです。
耳は尖っているし、本来は森に住みます。長生きで、弓の扱いは上手く……普通のエルフと、ほとんど変わりません。
でも、この暗い見た目のせいで、“悪いことをするエルフ”というイメージがついてしまっています。
もちろん、本当に悪いことをするダークエルフもいるでしょう。けれど、大抵は、普通のエルフや人間と同じく……争い事なんて嫌いな者ばかりです。
なのに、ダークエルフを見た人間は、大抵が馬鹿にしてくるか、あからさまに避(さ)けてくるかしてきます。
どうやら、ダークエルフに隙を見せると呪われる……というのが、人間の間での定説のようです。
そんな扱いなので、悪いダークエルフには何をしてもいい、という最低の考えの人間もいて……捕まえて奴隷にしようとする者までいます。服従させて弱らせれば呪われまい、と。
人間だけでなく、エルフからも迫害されています。まともに言葉を交わせたことなんて、数えるほどしかありません。
だから、私は森からは追い出され、街にも住めず……行く宛てもなく、彷徨うしかありませんでした。
そうして出会った彼も……他の人間たちと同じなのだと、思っていました。
だけど……
この部屋を使っても、いいのですか?
このベッドは? ……私の?
このパンと果物と水は……?
……これも、私の?
……。
こんな手に、引っかかる者がいますか。
どうせ、食べ物か水に、眠らせる薬でも入っているんでしょう。
それで、私を誘拐して……奴隷として、売り飛ばすつもりなんでしょう。
そういうやり方があることくらい、私だって、知っています。
……なんでしょう。怒ったのですか?
パンを手に取って、何を……?
あ……パンと、それに、果物、食べて……。
水と一緒に、飲みこんで……。
……。
確かに、薬は入っていない、ようですけど……
……でも。分かったのは、それだけです。
あなたのことを、信用しろと言われても……無理です。
そもそも、理由が分かりません。なぜ私に、部屋を貸したりするのですか。
ただの同情だったら要りません。
……いえ。嫌というわけでは。部屋を提供してもらうこと自体は、迷惑ではありませんが……。
今日はこのまま、休め、と?
…………。
……話は、終わりでしょう。出て行って、もらえませんか。
……ちゃんと、ドアに鍵もかけられる。
これで、彼は無断で入ってこられない。寝てる間に誘拐される、ということは、なさそうだけど。
……一体、何なんでしょう。
ダークエルフを家に泊まらせる、なんて……。
……分からない。
私が可哀想だったから? それとも……ただの、人間の気まぐれ?
……何か、下心があって?
……どっちにしろ、信用なんてできない。
いつでも、ここから逃げられるようにしておかないと……。
っ、いたたた……。
でも、この傷もあるし……今日は、ここで休むしかない、か……。
もし、急に襲われたときのために、何か武器は……。
……この椅子を、すぐに手に取れるようにしよう。
ぅ……。
……それと、このパンと果物も、いただいておこう。
怪我の治療には、エネルギーが必要だし……
……さっき食べたパンだけじゃ、足りませんし。
* * *
ん……朝……。
ここは……そうだ。あの、人間の家……。
天井、昨日眠ったときから、変わってない。眠ってる間にさらわれる……ということは、さすがになかったようだけど……。
今日こそ、彼の目的を聞きださないと……。
一体どうして、私を匿ったのか……。
……っ、いたた……。さすがに、一晩じゃ、傷、治ってないか……。
これじゃ……しばらく、動き回ることは、難しそう……。
……っ!
あ……あなた、ですか。
……何の、用ですか。
……朝ごはん?
…………
……う。
確かに、お腹は空きました、けど……
く……っ。
……分かり、ました。今、鍵を、開けます。
おはよう、ございます。
……はい。眠れました。それなりに。
……そう、ですね。確かに、私が寝ている間に、何もされなかったようですけど……
でも、まだ、あなたのことを、信用したわけではないです。それは、はっきりしておきます。
朝ごはんを置いて、さっさと出ていってくださると、安心できるのですが。
……? なんですか。
“お腹は空いてるのか”、って……
……あ、当たり前、です。夜寝て、起きたら、お腹は空くものです。
余計なことは言わないで、早く出ていってください。
ん……待ってください。一緒に持っている、その包帯とビンは?
私の分、ですか? ……足に怪我をしてるから?
……。いえ。治療は自分でやります。さっさと出て行ってください。
……はい。何かあったら、呼びます。
何もないとは、思いますけど。
……。
そういえば、あの人に毒見させるのを、忘れていました……。
……変な薬、入っているかも……?
……。
……ん……
もぐもぐ……もぐ……はむはむ……
……すーっ。ずずーっ。
ん……はぁ……。
……まあ。眠くなってきたり、体が変に熱くなってきたりしたら……そのときはそのとき、です。
……ひとまず、足のケガを、処置しましょう……。化膿したら大変です……。
消毒して、包帯巻いて……。
……ふぅ。
これで……少しは、楽に。
しばらく、安静にしていれば、問題なく治りそうです……。
……そういえば、また、彼の目的を聞き損ねました……。
やっぱり、信じられません……。
人間なんて……一皮剥けば、最低な人ばっかりです。
彼らに比べれば、ダークエルフのほうがよっぽど心が綺麗です。
……私からは、絶対に、彼を頼ったりなんてしません。
* * *
……あの。
あの……。
……はい。あなたです。あなた。
ええ、と……
……。
ごはん。
……お昼ご飯。
……いただけませんか。
……っ。
わ……笑わないで……ください……。
それから一日経って、二日経って……
あの人間は、私をどこかに売り飛ばそうとはしませんでした。
家には、彼以外の誰も住んでいなかったし、必要最低限の時にしか、彼は私と話そうとしませんでした。
それに、足の怪我がそろそろ治りかけているのに、彼は私を追い出そうとしません。
私が部屋に居ることに、迷惑そうな素振りを少しも見せません。
……だから、私はますます分からなりました。
何故、彼は、私を住まわせてくれるのでしょう?