Track 4

『私にやって欲しいお仕事……?』

 その翌日。彼は、私を朝早くから呼び出しました。 “今日からして欲しいことを説明する”、と……。 * * *  家の裏……こんな風に、なっていたのですね。  ……違う? そもそも、私が最初入ってきたところが、裏口……?  つまり、こっちが、この家の正しい入口ということですか。  では、入口に、何かあるのですか……?  ん……。  ……これは……お店?  壁に、ずらっと本が並んで……  本屋さん、ということですか?  この街に、こんな本屋があったのですね。知りませんでした。  あなたは普段、本屋を経営していたのですか。 “して欲しいこと”……というのはつまり、私に、ここの店番をしろということなのですか?  ……。  そんなことだったのですか?  ……いいえ。嫌、というわけではありません。ただ、理由が分からないだけです。  ただの店番であれば、私のようなダークエルフを使う必要はありません。それこそ、街で募集をかけて、適当な人間を雇えばいい。  なのに何故、あなたは私を……  ……この本屋が、普通の本屋じゃないから? どういうこと、ですか?  本を見れば分かる……?  これ……私にも、分かります。これは……  魔導書、です……。  これも、これも、これも……怪しい魔法が、たくさん書いてあります。  なるほど。こんな本屋、見覚えがない、とは思っていましたが……  知らない人しか入れないように、隠れた入口になっているのですね。  ……ここがまっとうな本屋ではない、とうことは分かりました。  ですが、“私でなければいけない”という説明になっていません。  ……理由が分からないのは、嫌なんです。  理由がないのに、優しくされて……不安にならない者がいますか?  や、やめて、ください。昨日の話は、言わないで……。  ……とにかく。理由を、教えて、ください。  ……私が、ダークエルフだから?  それは、聞きました。でも、どうしてそれが、店番を頼む理由になるのですか。  ……私が? 珍しい雰囲気の見た目をしているから……?  どういう、こと……?  まさか……怪しい者が店番をしていると、魔導書を取り扱っている店の雰囲気に、ハクがつくから……ということ、ですか。  なんですか……それは……。  ダークエルフを……そんな風に、思っていたなんて……  私を匿ったのは、全て……このためだったのですね……。  なんて……こと、でしょうか……  ……くすっ。  本当に、なんてことなんでしょう。  そんなことを言う人間、初めて見ました。  あなたにかかれば、私はダークエルフではなくて……それ以前の、“ただの怪しい人”、なんですね……。  私を見ても、少しも怖がったり、嫌がったりしないで……あまつさえ、私への印象を、そんな風に利用するなんて……  本当に……変わった人間、です……。  ……ふふっ。  ……はい。いいでしょう。  あなたがそう言うのだったら……  この本屋の店番に、なって差し上げましょう。  せいぜい――人間どもを、ダークエルフ様が怖がらせてあげましょう。  それで、いいのでしょう? ふふっ。  はい、なんでしょうか。  名前……?  そういえば……名乗っていませんでしたね。  ……人間に、名乗る名前はない、と思ってましたけど。  確かに……今後、不便です。  私の名前は……“ソフィー”、です。  好きなように、呼んでください。  ……私は、あなたをどういう風に呼べばいいのですか?  ……なんでもいい? そうですか。適当ですね。  そう……ですね。一応は、本屋の店主なのですから。“ご主人(しゅじん)”、と。  よろしいですか? ……わかりました。  では、せいぜい、怪しくなるように店番するとします。 “ご主人”。 * * *  さて、その翌日から、私はこの怪しい本屋で働くことになりました。  それはいいのですが……  ……。  ……店を開けてから、一時間少々経ちましたが。  誰も、来ませんね……。  いつも、こんな感じなのですか。  そう、ですか……。  ……いえ。別に、お客が来なくて安心なんて。  確かに、店番は初めてではありますが……それくらいは、問題なくこなせます。  しかし……ご主人。本当に、誰も来ません。  こう言ってはなんですが……この店、やっていけているのですか。  ……不安ですね。  本当は、店番なんていらなかったのでは……  ……!  あの。ご主人。お客が……来たようですが。  こ、こういうとき、なんと言うのですか。  ……何も言わなくていい? そ……そう、でした。私は、怪しい店番でしたね。  しかし……あのお客、とても怪しい風貌です。フードを被って、顔が見えませんし……男でしょうか。女でしょうか……。  ……店の中、うろうろしています。何か探してるみたいですが……  目当てのもの、見つけたんでしょうか。  あ……こっち、来ました……! あの本を、買う……?  ……え、ええと。  その本を……お買い上げ、に?  ああ、はい。分かりました。はい。ええ。  ちょっと、待って、ください。  確か……値段は、本の裏に書いてあると、ご主人が……。  値段、値段……ありました。  ……え。  嘘でしょう。これ、何かの間違いじゃ……?  でも……  じゅ、15万ゴールド、です。  ……あなた、お金、足りてますか。  ……う、うわ。  ええと……ええと。  いち、じゅう、ひゃく……これで、いちまんごーるど、で……  ……15万、確かに。  あ、ありがとう、ございます。また、どうぞ。  ふ、ぅぅ……。  え? な、なんですか。別に、緊張なんて、していません。ただ、慣れていないだけです。  そんなことより……一体、どういうことなのですか。あのお客、15万ゴールド、ポンと置いていくなんて……。  節約すれば5年は暮らせる額を、ああも簡単に……。  ここに来る人は、毎回あのような感じなのですか。  客が全然来なくても、成り立つわけですね……。  それで。ええと……ご主人。あんな感じでよかったでしょうか。  問題ない、ですか? もっと、怖い感じを出したほうがよかったでしょうか。  ……無理やりそんな風にしなくてもいい? そうですか……。  ん……あの、どこに行くのですか、ご主人。  ……店の奥で仕入れの仕事? ……ああ、なるほど。そうですね、別の仕事がなければ、店番を雇う必要はないですね……。  では、このような感じで、店番をします。  ……けれど、結局その日は、あのお客以外に、誰かが来ることはありませんでした。  この店が、十分やっていけることは分かりましたが……なかなか退屈な時間でした。