『私にやって欲しいお仕事……?』
その翌日。彼は、私を朝早くから呼び出しました。
“今日からして欲しいことを説明する”、と……。
* * *
家の裏……こんな風に、なっていたのですね。
……違う? そもそも、私が最初入ってきたところが、裏口……?
つまり、こっちが、この家の正しい入口ということですか。
では、入口に、何かあるのですか……?
ん……。
……これは……お店?
壁に、ずらっと本が並んで……
本屋さん、ということですか?
この街に、こんな本屋があったのですね。知りませんでした。
あなたは普段、本屋を経営していたのですか。
“して欲しいこと”……というのはつまり、私に、ここの店番をしろということなのですか?
……。
そんなことだったのですか?
……いいえ。嫌、というわけではありません。ただ、理由が分からないだけです。
ただの店番であれば、私のようなダークエルフを使う必要はありません。それこそ、街で募集をかけて、適当な人間を雇えばいい。
なのに何故、あなたは私を……
……この本屋が、普通の本屋じゃないから? どういうこと、ですか?
本を見れば分かる……?
これ……私にも、分かります。これは……
魔導書、です……。
これも、これも、これも……怪しい魔法が、たくさん書いてあります。
なるほど。こんな本屋、見覚えがない、とは思っていましたが……
知らない人しか入れないように、隠れた入口になっているのですね。
……ここがまっとうな本屋ではない、とうことは分かりました。
ですが、“私でなければいけない”という説明になっていません。
……理由が分からないのは、嫌なんです。
理由がないのに、優しくされて……不安にならない者がいますか?
や、やめて、ください。昨日の話は、言わないで……。
……とにかく。理由を、教えて、ください。
……私が、ダークエルフだから?
それは、聞きました。でも、どうしてそれが、店番を頼む理由になるのですか。
……私が? 珍しい雰囲気の見た目をしているから……?
どういう、こと……?
まさか……怪しい者が店番をしていると、魔導書を取り扱っている店の雰囲気に、ハクがつくから……ということ、ですか。
なんですか……それは……。
ダークエルフを……そんな風に、思っていたなんて……
私を匿ったのは、全て……このためだったのですね……。
なんて……こと、でしょうか……
……くすっ。
本当に、なんてことなんでしょう。
そんなことを言う人間、初めて見ました。
あなたにかかれば、私はダークエルフではなくて……それ以前の、“ただの怪しい人”、なんですね……。
私を見ても、少しも怖がったり、嫌がったりしないで……あまつさえ、私への印象を、そんな風に利用するなんて……
本当に……変わった人間、です……。
……ふふっ。
……はい。いいでしょう。
あなたがそう言うのだったら……
この本屋の店番に、なって差し上げましょう。
せいぜい――人間どもを、ダークエルフ様が怖がらせてあげましょう。
それで、いいのでしょう? ふふっ。
はい、なんでしょうか。
名前……?
そういえば……名乗っていませんでしたね。
……人間に、名乗る名前はない、と思ってましたけど。
確かに……今後、不便です。
私の名前は……“ソフィー”、です。
好きなように、呼んでください。
……私は、あなたをどういう風に呼べばいいのですか?
……なんでもいい? そうですか。適当ですね。
そう……ですね。一応は、本屋の店主なのですから。“ご主人(しゅじん)”、と。
よろしいですか? ……わかりました。
では、せいぜい、怪しくなるように店番するとします。
“ご主人”。
* * *
さて、その翌日から、私はこの怪しい本屋で働くことになりました。
それはいいのですが……
……。
……店を開けてから、一時間少々経ちましたが。
誰も、来ませんね……。
いつも、こんな感じなのですか。
そう、ですか……。
……いえ。別に、お客が来なくて安心なんて。
確かに、店番は初めてではありますが……それくらいは、問題なくこなせます。
しかし……ご主人。本当に、誰も来ません。
こう言ってはなんですが……この店、やっていけているのですか。
……不安ですね。
本当は、店番なんていらなかったのでは……
……!
あの。ご主人。お客が……来たようですが。
こ、こういうとき、なんと言うのですか。
……何も言わなくていい? そ……そう、でした。私は、怪しい店番でしたね。
しかし……あのお客、とても怪しい風貌です。フードを被って、顔が見えませんし……男でしょうか。女でしょうか……。
……店の中、うろうろしています。何か探してるみたいですが……
目当てのもの、見つけたんでしょうか。
あ……こっち、来ました……! あの本を、買う……?
……え、ええと。
その本を……お買い上げ、に?
ああ、はい。分かりました。はい。ええ。
ちょっと、待って、ください。
確か……値段は、本の裏に書いてあると、ご主人が……。
値段、値段……ありました。
……え。
嘘でしょう。これ、何かの間違いじゃ……?
でも……
じゅ、15万ゴールド、です。
……あなた、お金、足りてますか。
……う、うわ。
ええと……ええと。
いち、じゅう、ひゃく……これで、いちまんごーるど、で……
……15万、確かに。
あ、ありがとう、ございます。また、どうぞ。
ふ、ぅぅ……。
え? な、なんですか。別に、緊張なんて、していません。ただ、慣れていないだけです。
そんなことより……一体、どういうことなのですか。あのお客、15万ゴールド、ポンと置いていくなんて……。
節約すれば5年は暮らせる額を、ああも簡単に……。
ここに来る人は、毎回あのような感じなのですか。
客が全然来なくても、成り立つわけですね……。
それで。ええと……ご主人。あんな感じでよかったでしょうか。
問題ない、ですか? もっと、怖い感じを出したほうがよかったでしょうか。
……無理やりそんな風にしなくてもいい? そうですか……。
ん……あの、どこに行くのですか、ご主人。
……店の奥で仕入れの仕事? ……ああ、なるほど。そうですね、別の仕事がなければ、店番を雇う必要はないですね……。
では、このような感じで、店番をします。
……けれど、結局その日は、あのお客以外に、誰かが来ることはありませんでした。
この店が、十分やっていけることは分かりましたが……なかなか退屈な時間でした。