Track 5

『私のことなんて、聞きたいんですか?』

 お風呂、入りました。  はい。特に、問題なく。よい湯加減でした。  ……。  ……いえ。特に、何か用事というわけでは。  ただ……このまま部屋に戻っても、することがないので。  ……そういえば、家事を全て、ご主人にお任せしてしまっています。  今度から、お手伝いします。これから私も、この家の住人なのですから。申し付けてください。  はい。  ……。  ……ご主人のことを、聞いてもよろしいですか。  どうして、あのような本屋を、一人で経営されているのですか。  ……ああ、なるほど。ご両親から引き継いだのですね。道理(どうり)で、蔵書の量がすごいはずです。さぞ、高名な魔導士だったのでしょう。  そのご両親は、今は……?  ……そうですか。  私と同じです。……いえ、住む家がある分、私とは比べられませんが。  ……はい? 私のこと、ですか?  話してはいませんでしたか。でも……あまり、聞いていて楽しい話ではないです。  それでも聞きたいと?  ……本当に、変わった方ですね。  そうですね……  ……といっても、そんなに複雑な話ではありません。  ダークエルフであるというだけで、エルフからも人間からも迫害されていた……というだけの話です。  両親の顔は、知りません。……けれど多分、母親は、奴隷のダークエルフだったのでしょう。  大きくなるまで、私は奴隷商人のもとで暮らしていました。女ばかり取り扱っている商人でした。  だから……奴隷が売られた先で、どのように扱われているかは……よく分かっていました。  それが嫌だったから……ある日、隙を見て、商人のもとから逃げ出しました。  何日も追われて、何日も逃げ回って……山と川を四つずつ超えて、ようやく逃げ切れました。  でも……今思えば、大変なのはそこからでした。  森に行って、エルフを訪ねても……話すらできずに追い出されました。  街に降りたら、人間たちは私をまるでバケモノのように扱いました。中には、私を捕まえて、奴隷商人に売ろうとしてくる人までいました。  だけど、何とか逃げ続けて、街から街へと移動して、食べ物と飲み物を探して……命を繋ぎました。  その途中で……あなたと、出会いました。  ……私の話は、それだけです。  大して、面白くもないお話でしたでしょう。  ……まあ、そういうわけですから。  ご主人のところに置いてもらえるのは、とても、ありがたく思っています。  私のことを、もうしばらく、放り出さないでもらえると嬉しいです。  ……ご主人?  あ……。  ……突然、何を?  急に、抱きしめたくなったと?  それは……私を“抱きたく”なったという、意味ですか?  ……違うのですか?  ただ、抱擁したくなったと。それだけ……ですか? そうですか……。  ……以前の、あの行為は、ただの私の勘違いでしたが。  でも……ご主人は、私にそういう行為を求めてきても、しょうがないとは思っています。  ……いえ。“しない”のであれば、私はそれで、構わないのですが。  ……。 “ダークエルフに隙を見せると呪われる”という噂は、ご存知でしょう。ご主人も、街で暮らしている人間なのですから。  それなのに、少しも怖がらずに、私の体に触るのですね。  ……なぜですか?  いいえ。嫌というわけでは。ただ、理由が気になるだけです。  ……そんな呪いなんてありえないから?  ……そうですか。  ご主人にかかってしまえば……人間も、エルフも、ダークエルフも、何も関係がないのですね。  私を、ただの“ソフィー”として、扱っているだけなのですね……。  ……。  誰かの腕の中、というのは、不思議な感覚です。  嫌な気分では、ありません……。  あたたかい、と思います。  もしかすると……心地よい、のかもしれません。  ……もっと、こうしてもらってもよいですか。ご主人。  ……はい。ありがとう、ございます……。  ……。  ん……。  ……悪くない、気分、です。  とても……悪くない、気分です……。