『私のことなんて、聞きたいんですか?』
お風呂、入りました。
はい。特に、問題なく。よい湯加減でした。
……。
……いえ。特に、何か用事というわけでは。
ただ……このまま部屋に戻っても、することがないので。
……そういえば、家事を全て、ご主人にお任せしてしまっています。
今度から、お手伝いします。これから私も、この家の住人なのですから。申し付けてください。
はい。
……。
……ご主人のことを、聞いてもよろしいですか。
どうして、あのような本屋を、一人で経営されているのですか。
……ああ、なるほど。ご両親から引き継いだのですね。道理(どうり)で、蔵書の量がすごいはずです。さぞ、高名な魔導士だったのでしょう。
そのご両親は、今は……?
……そうですか。
私と同じです。……いえ、住む家がある分、私とは比べられませんが。
……はい? 私のこと、ですか?
話してはいませんでしたか。でも……あまり、聞いていて楽しい話ではないです。
それでも聞きたいと?
……本当に、変わった方ですね。
そうですね……
……といっても、そんなに複雑な話ではありません。
ダークエルフであるというだけで、エルフからも人間からも迫害されていた……というだけの話です。
両親の顔は、知りません。……けれど多分、母親は、奴隷のダークエルフだったのでしょう。
大きくなるまで、私は奴隷商人のもとで暮らしていました。女ばかり取り扱っている商人でした。
だから……奴隷が売られた先で、どのように扱われているかは……よく分かっていました。
それが嫌だったから……ある日、隙を見て、商人のもとから逃げ出しました。
何日も追われて、何日も逃げ回って……山と川を四つずつ超えて、ようやく逃げ切れました。
でも……今思えば、大変なのはそこからでした。
森に行って、エルフを訪ねても……話すらできずに追い出されました。
街に降りたら、人間たちは私をまるでバケモノのように扱いました。中には、私を捕まえて、奴隷商人に売ろうとしてくる人までいました。
だけど、何とか逃げ続けて、街から街へと移動して、食べ物と飲み物を探して……命を繋ぎました。
その途中で……あなたと、出会いました。
……私の話は、それだけです。
大して、面白くもないお話でしたでしょう。
……まあ、そういうわけですから。
ご主人のところに置いてもらえるのは、とても、ありがたく思っています。
私のことを、もうしばらく、放り出さないでもらえると嬉しいです。
……ご主人?
あ……。
……突然、何を?
急に、抱きしめたくなったと?
それは……私を“抱きたく”なったという、意味ですか?
……違うのですか?
ただ、抱擁したくなったと。それだけ……ですか? そうですか……。
……以前の、あの行為は、ただの私の勘違いでしたが。
でも……ご主人は、私にそういう行為を求めてきても、しょうがないとは思っています。
……いえ。“しない”のであれば、私はそれで、構わないのですが。
……。
“ダークエルフに隙を見せると呪われる”という噂は、ご存知でしょう。ご主人も、街で暮らしている人間なのですから。
それなのに、少しも怖がらずに、私の体に触るのですね。
……なぜですか?
いいえ。嫌というわけでは。ただ、理由が気になるだけです。
……そんな呪いなんてありえないから?
……そうですか。
ご主人にかかってしまえば……人間も、エルフも、ダークエルフも、何も関係がないのですね。
私を、ただの“ソフィー”として、扱っているだけなのですね……。
……。
誰かの腕の中、というのは、不思議な感覚です。
嫌な気分では、ありません……。
あたたかい、と思います。
もしかすると……心地よい、のかもしれません。
……もっと、こうしてもらってもよいですか。ご主人。
……はい。ありがとう、ございます……。
……。
ん……。
……悪くない、気分、です。
とても……悪くない、気分です……。