『風邪を、ひきました』
そちらの本、お買い上げで?
分かりました。
こちらは……8万ゴールドです。
……はい。確かに。ちょうどですね。
またどうぞ。
ふぅ……。
……こほっ、こほっ。
ん……少し、埃っぽいからかな……。
……あ、ご主人。
ええ。大丈夫です。何の問題もありません。
だんだん、店番も慣れてきました。
相変わらず、お客は少ないですけど……。
……ご主人の言った通り、私がダークエルフと分かっても、お客に変な顔はされませんし、何も言われません。
みんな、本当に気にしないんですね。人間の街の中なのに、街じゃないみたいです……。
というより、気づいたのですが……人間でない方も、本を買いに来ているようですね。エルフもいましたし、ドワーフもいました。今更、ダークエルフ一人、気にならないのでしょうか。
はい? ……なるほど。妙なことをして、出禁(できん)にされたくない、と。確かに、この店の品揃えの良さは、素人である私にも分かります。ここに来られなくなると痛手になるから、下手なことはできないのですか。
なんだか、私……
……いえ、なんでもありません、ご主人。
お客が来ましたので、その話はまた後で。
お客は……若い人間の女性ですね……。
……彼女、よくこの店に来る人なんですか?
そうなのですか。行商人で、ここに商品を卸しに来ると。
ん……こっちに来ました。
いらっしゃい。
……え? 私……ですか?
最近、この店に入った……店番ですが。
……確かに、私はダークエルフですが。何か、問題でも。
何もないのなら、別にいいでしょう。
……なんですか?
……私と、ご主人の関係、ですか?
それは……
……あなたに、関係のあることですか。
……怒ってなんていません。ただ、答える義理がないだけです。
ご主人と、仕事の話があるのでしょう。さっさと終わらせて、帰ってください。
なんですか。一体。
……似ている? 私とご主人が? あなたの知り合いと?
他に、エルフの知り合いでもいるのですか? ……ハーフエルフ?
だから何だと言うのですか。意味が分かりません。さっさと用事を済ませてください。
ご主人も。早く。
はぁ……。
……でも。
あの商人……私とご主人の関係は何か、と聞いてきました。
確かに……不思議に思われるのかもしれません。
家族ではありません。かといって、別に主従関係というわけでもありません。
……ご主人に雇われているという、“理由”はあります。
でも、“理由”だけしかない……。他には、何も……。
……。
……こほっ。
ん……。少し、寒くなってきた……気がする。
こほっ、こほ……っ。
……環境が変わったから、慣れていないだけでしょう……。
きっと、大丈夫……。
* * *
ん……はぁ、は、ぁ……。
は、ぁ……ふ、ぅ……。
……あ、ご主人……。
いえ……私、体、もう大丈夫です……。
店番……仕事、ちゃんとします……。
え……お店、開けないのですか……
雨がひどいから……?
……はっきり、言って、ください。
私が、体調を崩してしまったから……ですね。
……すみ、ません。
店番を、始めた、ばっかりなのに……手伝え、なくて……。
……。
ご主人は、お仕事に、戻って、ください……。
私は……一人で、大丈夫、ですから……。
……いえ。でも、それでは、ご主人が……。
……そう、ですか……。
けほっ、けほっ……。
はぁ……はぁ……。
今までは、大丈夫、だったのに……どうして、急に……
体調を、崩すなんて……滅多に、ないのに……。
奴隷だった、ときは……
病気になった子は、捨てられて、ましたから……
私は、そうならないように、注意していたのに……
どうして……今に、なって……。
……安心……したから?
そうかも……しれません。
ご主人の、家に住み始めて……。居場所と、いる理由を、もらって……。
ご主人からも、とても、よくしてもらって……
それで……気が抜けて、しまったの、かも……。
情けない、です……。
ん……。
ご主人の、手……温かい、です……。
とても……温かくて……。
離して欲しくないな、と……思って、しまい、ます……。
ご主人……。
私は……どうすれば、いいんでしょう……
どうすれば、ご主人から、捨てられずに済みますか……?
もう……逃げ回る日々は、嫌、です……。
私……きづき、ました……。
店番の、仕事……。とっても退屈、ですけど……
でも……好き、です……。
みんな……私に、普通に、接してくれて……
そんなこと、初めてで……。
ご主人、も……。
私を、私として、見てくれて……
気づいたんです……
好きだって……
この家も……本屋のお仕事も……あなたも……
だから……
教えてください、ご主人……
私は……どうすれば、いいですか……?
どうすれば……あなた……を……。
……すぅ……。
すぅ……すぅ……。
くぅ……。
…………。
* * *
ん……。
私……眠って……。
だいぶ、体、楽になって……。
天井、同じ、だ……。ご主人の、家……。
よかった。私、捨てられて、ない……。
……あ。
ご、ご主人……!? ベッドの傍で、寝てる……。
……ずっと、私の傍に、いたの……?
顔、少し、やつれてる……。
ずっと、傍で……看病を……。
私の、ために……。
……。
……そっか。
ようやく、わかりました。
私を助けてくれた理由なんて……本当は、何も、なかったんですね。
色々説明してくれたのは、きっと全部、後付けで……
あなたは……ただの。
本当に、優しい人、だったのですね。
その三日後。
ご主人のおかげで、体調は完全に戻り、私は店番の仕事に戻りました。
不思議なことに……店番に戻ると、私はお客から声をかけられるようになりました。
“大丈夫?”とか“心配した”とか“元気になってよかった”とか。
……お客には、あまり丁寧に接客した覚えはないのですが。どうも、彼らの中ではしっかりと、“この本屋の看板娘”として認識されているようでした。
お客たちからそんな心配をされるなんて……一体、“怪しいお店を引き立てる、怪しいダークエルフ”はどこにいったのでしょう。
困ったものです。
これではますます、このお仕事が、好きになってしまいます。
まあ、退屈なのは玉に瑕ですけれど。