Track 6

『風邪を、ひきました』

 そちらの本、お買い上げで?  分かりました。  こちらは……8万ゴールドです。  ……はい。確かに。ちょうどですね。  またどうぞ。  ふぅ……。  ……こほっ、こほっ。  ん……少し、埃っぽいからかな……。  ……あ、ご主人。  ええ。大丈夫です。何の問題もありません。  だんだん、店番も慣れてきました。  相変わらず、お客は少ないですけど……。  ……ご主人の言った通り、私がダークエルフと分かっても、お客に変な顔はされませんし、何も言われません。  みんな、本当に気にしないんですね。人間の街の中なのに、街じゃないみたいです……。  というより、気づいたのですが……人間でない方も、本を買いに来ているようですね。エルフもいましたし、ドワーフもいました。今更、ダークエルフ一人、気にならないのでしょうか。  はい? ……なるほど。妙なことをして、出禁(できん)にされたくない、と。確かに、この店の品揃えの良さは、素人である私にも分かります。ここに来られなくなると痛手になるから、下手なことはできないのですか。  なんだか、私……  ……いえ、なんでもありません、ご主人。  お客が来ましたので、その話はまた後で。  お客は……若い人間の女性ですね……。  ……彼女、よくこの店に来る人なんですか?  そうなのですか。行商人で、ここに商品を卸しに来ると。  ん……こっちに来ました。  いらっしゃい。  ……え? 私……ですか?  最近、この店に入った……店番ですが。  ……確かに、私はダークエルフですが。何か、問題でも。  何もないのなら、別にいいでしょう。  ……なんですか?  ……私と、ご主人の関係、ですか?  それは……  ……あなたに、関係のあることですか。  ……怒ってなんていません。ただ、答える義理がないだけです。  ご主人と、仕事の話があるのでしょう。さっさと終わらせて、帰ってください。  なんですか。一体。  ……似ている? 私とご主人が? あなたの知り合いと?  他に、エルフの知り合いでもいるのですか? ……ハーフエルフ?  だから何だと言うのですか。意味が分かりません。さっさと用事を済ませてください。  ご主人も。早く。  はぁ……。  ……でも。  あの商人……私とご主人の関係は何か、と聞いてきました。  確かに……不思議に思われるのかもしれません。  家族ではありません。かといって、別に主従関係というわけでもありません。  ……ご主人に雇われているという、“理由”はあります。  でも、“理由”だけしかない……。他には、何も……。  ……。  ……こほっ。  ん……。少し、寒くなってきた……気がする。  こほっ、こほ……っ。  ……環境が変わったから、慣れていないだけでしょう……。  きっと、大丈夫……。 * * *  ん……はぁ、は、ぁ……。  は、ぁ……ふ、ぅ……。  ……あ、ご主人……。  いえ……私、体、もう大丈夫です……。  店番……仕事、ちゃんとします……。  え……お店、開けないのですか……  雨がひどいから……?  ……はっきり、言って、ください。  私が、体調を崩してしまったから……ですね。  ……すみ、ません。  店番を、始めた、ばっかりなのに……手伝え、なくて……。  ……。  ご主人は、お仕事に、戻って、ください……。  私は……一人で、大丈夫、ですから……。  ……いえ。でも、それでは、ご主人が……。  ……そう、ですか……。  けほっ、けほっ……。  はぁ……はぁ……。  今までは、大丈夫、だったのに……どうして、急に……  体調を、崩すなんて……滅多に、ないのに……。  奴隷だった、ときは……  病気になった子は、捨てられて、ましたから……  私は、そうならないように、注意していたのに……  どうして……今に、なって……。  ……安心……したから?  そうかも……しれません。  ご主人の、家に住み始めて……。居場所と、いる理由を、もらって……。  ご主人からも、とても、よくしてもらって……  それで……気が抜けて、しまったの、かも……。  情けない、です……。  ん……。  ご主人の、手……温かい、です……。  とても……温かくて……。  離して欲しくないな、と……思って、しまい、ます……。  ご主人……。  私は……どうすれば、いいんでしょう……  どうすれば、ご主人から、捨てられずに済みますか……?  もう……逃げ回る日々は、嫌、です……。  私……きづき、ました……。  店番の、仕事……。とっても退屈、ですけど……  でも……好き、です……。  みんな……私に、普通に、接してくれて……  そんなこと、初めてで……。  ご主人、も……。  私を、私として、見てくれて……  気づいたんです……  好きだって……  この家も……本屋のお仕事も……あなたも……  だから……  教えてください、ご主人……  私は……どうすれば、いいですか……?  どうすれば……あなた……を……。  ……すぅ……。  すぅ……すぅ……。  くぅ……。  …………。 * * *  ん……。  私……眠って……。  だいぶ、体、楽になって……。  天井、同じ、だ……。ご主人の、家……。  よかった。私、捨てられて、ない……。  ……あ。  ご、ご主人……!? ベッドの傍で、寝てる……。  ……ずっと、私の傍に、いたの……?  顔、少し、やつれてる……。  ずっと、傍で……看病を……。  私の、ために……。  ……。  ……そっか。  ようやく、わかりました。  私を助けてくれた理由なんて……本当は、何も、なかったんですね。  色々説明してくれたのは、きっと全部、後付けで……  あなたは……ただの。  本当に、優しい人、だったのですね。  その三日後。  ご主人のおかげで、体調は完全に戻り、私は店番の仕事に戻りました。  不思議なことに……店番に戻ると、私はお客から声をかけられるようになりました。 “大丈夫?”とか“心配した”とか“元気になってよかった”とか。  ……お客には、あまり丁寧に接客した覚えはないのですが。どうも、彼らの中ではしっかりと、“この本屋の看板娘”として認識されているようでした。  お客たちからそんな心配をされるなんて……一体、“怪しいお店を引き立てる、怪しいダークエルフ”はどこにいったのでしょう。  困ったものです。  これではますます、このお仕事が、好きになってしまいます。  まあ、退屈なのは玉に瑕ですけれど。